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【佐賀】邪馬台国を考える会(仮称)4月に発足 畿内説との討論などを交えながら吉野ケ里遺跡が邪馬台国であったことを究明

1 名前: ◆KIHA55jUA2 @キハ55φ ★:2009/03/25(水) 15:25:46 ID:???0
吉野ケ里遺跡(神埼市郡)が邪馬台国であったことを歴史、考古学的に究明する「邪馬台国を考える会」(仮称)が四月発足する。
連続講座やシンポジウム、畿内説との討論などを交えながら、市民レベルで九州邪馬台国説を補強していく。

「九州説」を主張する日本考古学会の奥野正男さんを会長に、同遺跡保存に尽力した郷土史家石戸敏治さん(佐賀市)が副会長、
佐賀女子短期大学学長の高島忠平さんが顧問を務める予定になっている。

会では奥野さんの集中講座や同遺跡の現地見学会のほか、「畿内説」を主張する研究者との討論会なども計画。
研究成果は雑誌にまとめたいとしている。

邪馬台国論争では、20日に奈良県桜井市の纏向遺跡で、卑弥呼の時代と一致する3世紀前半の建物跡が確認された。
事務局長の関家敏正さん(佐賀市)は「吉野ケ里が邪馬台国だということを検証し、若い世代に受け継いでもらうため
会を立ち上げる」と期待する。

設立総会を4月19日、佐賀市のグランデはがくれで開く。
問い合わせ先は副会長の石戸さん、電話TEL番は省略しました。

佐賀新聞 2009年03月25日
http://www.saga-s.co.jp/view.php?pageId=1036&blockId=1213175&newsMode=article
関連スレ
【考古学】卑弥呼宮殿の一角か 特異な張り出し柵や建物跡出土 奈良・纒向遺跡★2
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1237824846/

2 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:26:09 ID:sbJ1hRZv0


3 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:27:04 ID:gYpXV9yJ0
結論ありきの団体なんぞ存在意義ねーよ。
自説が間違ってたら潔く認めろ、えせ学者どもが。

4 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:27:09 ID:KUZNIhJ/0
九州説を主張する会なんじゃないの?
そのうち近畿説と、考える会の本家を争いそうな気がするな。

5 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:28:35 ID:0w6784cf0
日本の歴史教育は邪馬台国がどこにあったかなどに時間を割いている。
従ってペリー来航以後の教育がなされていない。
歴史教育は現在からさかのぼって教えるべき。

6 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:29:32 ID:ttW/Tzq3O
そもそも考古学は討論で結論が出るものじゃない

7 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:31:02 ID:UTakl1ef0
邪馬台国って宮崎県にあったらしいね

8 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:32:26 ID:uJuvyCuG0
はいはい、学派争いね

9 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:32:33 ID:kmauYzXa0
あの世で原田大六がアップを(ry

10 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:32:43 ID:S7SdrNLbO
やまたい→やまとだろ。奈良に決まっとる。

11 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:33:24 ID:MRX2sswF0
>>7
九州にあったのは間違いないらしい。
大分、宮崎、佐賀あたりが有力候補。

12 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:34:14 ID:RoqSSGme0
屋久島だよ

13 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:34:28 ID:LklQVx2i0
邪馬台国 朝鮮半島説

http://blog.kodai-bunmei.net/blog/2009/01/000718.html

14 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:34:53 ID:ETOI6R+O0
出雲の国譲りの話はどう位置づけるの?

15 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:35:09 ID:0SjYMdxOO
徳島(笑)じゃなかったの?

16 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:36:37 ID:6pdAhPzh0
>>3で終了

17 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:37:19 ID:S+lyZeHJ0
邪馬台国は九州でいいってば。好きにして。
東征もないし、その当時の近畿〜瀬戸内連合王国が
そのまま大和王権に直結していくことだけは確定してるから。

18 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:38:54 ID:6AH4MnJC0
        , -, - 、
  ,、 ,、 ,イ!〃 , ='‐ \__ト,__i、_
 l T! Tl'lT_-r-、ィ_‐_7´ l l! l!  |
 l、` ` lヽ_lー〈!_,. - ´j  _ -, !
  \`丶!、l  ̄ l /,ィ ´  /
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 !l  (O.)  !l  (O.)  l !   _. ヽ / /ヽ ', '、 !〈
 l !_,.. ---.!.!-- ..,,_ l l   (O.) ヽl∧ヘ ヽ_j  ヽJ ',
_,ニ - , ―  ''ヽ ―-`.,_ ‐- .,    ヽヽJ,. -,.ニニ 、ヽl
   / , ⌒ ヽ.ヽ    ` ‐ 、`ヽ、 〉v' /´ ,.、 `ヽ ヽ
_,,.. j /、jー'^、,、', L _      `ヽレ' /' _  i  l   く
_,. -‐ii'r'  ,-、 ー,ー-, ..,_`` ‐ .,  !  ! l ',  !  l  ,ヘ !
..ll   llr'  !  ! ー, ll  `! ‐ 、 .>′ ! l  l  !  !  l l l
. !!  ll r' !  l ‐, .ll   ll   ll !    ! l  ! .l l  l / /

19 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:38:59 ID:fqXPMDrk0
天皇の祖先、高皇産霊尊の血を引いている家系がここにある。
◇ 高皇産霊尊 − 八意思兼尊(吾道彦) − 大御食神社(神職家)
http://homepage3.nifty.com/utukusinomori/newpage5-1.html
http://utukusinom.exblog.jp/
だから、邪馬台国は、九州でいいのだ!

20 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:39:26 ID:8xJmJWeM0
どこにもリチャードみたいなのは居るんだね

21 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:39:41 ID:eKNHXVbS0
九州人と近畿人は議論から排除の方針でヨロ

22 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:40:01 ID:Cbca6N9d0
安本美典の邪馬台国の会

23 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:40:06 ID:5vB5p3HZO
邪馬台国は七万戸あったらしいから、そのレベルの遺跡が見つからない事にはどうにもならんだろう。
吉野ヶ里は、小さすぎるし、そもそも時代が合わないし。

24 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:40:19 ID:UOKsS2KzO
奈良県民だがどちらでもいいだろ。こういうのは曖昧にしとくのがいいだろ、ロマンがあって。
天皇の祖先は曖昧にしたいくせに。

25 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:40:36 ID:rkJDtcLuO

で、そもそも何が出てきたら確定するの?

26 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:40:42 ID:54F44BakO
そのうち韓国って言い出すんだろ

27 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:42:31 ID:HbMVR6b+0
チョウセンジン必死w

28 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:42:41 ID:i9K5XZz0O
吉野ヶ里遺跡裏にある神社が卑弥呼の墓じゃないかって言う話があるけど、神社だから掘って調べられないんだと聞いた。

29 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:42:50 ID:6CRXftUW0

九州説の難点は機内から出土する高度な都市国家遺跡を無視すること。

まあ邪馬台国が九州だったとしたら、さらにその上をいく支那と接触の無い文明国家が機内に存在したということになるな。



30 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:42:59 ID:8xJmJWeM0
>25

オモイカネ

31 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:43:11 ID:Zr8LAQrU0
邪馬台国はどこですか?


32 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:43:15 ID:bjxn/uCn0
>であったことを究明
結論ありきかよw

33 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:43:31 ID:u6JgF+9C0
>>17
古事記とか日本書紀で出てくる地名の半分以上が九州で
次に多いのが出雲とかそんな感じなので
畿内説は無い
明らかに東征してる

34 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:43:38 ID:+ndOyaOI0
どうせ邪馬台国饅頭とか作る気だろ

35 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:43:48 ID:ULPpE3PMO
正直奈良で決まりでしょ。

36 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:44:05 ID:QFuVtk+l0
あれ? てっきり徳島だとww

37 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:44:05 ID:jb+yzqen0
吉野ケ里は邪馬台国と時代がちがうでしょ?


38 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:44:24 ID:s1lNt/WU0
やまたいこく→やまとこく(大和国)
ひみこ→ひのみこ(日の皇子)
でいいじゃん

39 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:44:43 ID:Wpn0DKKT0
仮に邪馬台国が九州にあったとしても、佐賀県はちょっと無理だろう。倭人伝の
記述から見ても「陸行一ヶ月」の説明がつかない。

やはり畿内が有力。九州に比定するなら宮崎県あたりだな。

40 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:44:52 ID:JkeKuufY0
>>33
根拠が記紀ってどんだけw

41 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:45:05 ID:l+wX4Ocl0
奈良でも九州でもどっちでもいいけど、真実は大切にしたい。
ここを意地やら利権やらで捻じ曲げられるのは歴史好きの俺には耐えがたい。

結果ありきでなく、真実を追求せよ

42 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:45:08 ID:Tqq1G+RGO
これはもう表札が出てくるしかないの?

43 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:45:30 ID:vfnJTnvD0
どうせ、どの説も決まり手がないんだから、移動説あたりで仲良くやってろよ。

44 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:45:56 ID:hiGEgm0C0
>>3
いつ書き込んだんだろう俺

45 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:46:08 ID:kmauYzXa0
>>25

「親魏倭王」 の金印。

46 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:46:29 ID:jb+yzqen0
>>36
昨日 テレ東見てたでしょ?w


47 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:47:42 ID:4jW7iSQB0
>>14
国譲りは神武東征そのものだよ。
ヤマト政権の基となる勢力と、それに抵抗した勢力の争い。

畿内を支配していた大国主勢力と、大和に新秩序を作ろうとした
天皇家勢力の争い。長髄彦とか出雲彦とか伊勢彦、そういうの全部
をイメージしたのが国譲りの物語。

ただ神武が九州から畿内に攻め上ったとは限らない。
畿内同士の争いに、正当性を持たせるために「東征」としたかも知れない。
ぜんぶ俺の妄想。

48 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:47:55 ID:kXo0+pPh0
>市民レベルで九州邪馬台国説を補強していく。


奈良県桜井市の纏向遺跡が邪馬台国であるという説を
徹底的に否定し続ける(市民レベルでw)

49 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:48:15 ID:S+lyZeHJ0
>>33
3世紀から前方後円墳が畿内を中心に広がっていくのを、
畿内に何者かが侵入して、征服していくその仮定と整合性を取ることは不可能だ。

50 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:48:31 ID:uWWI7IIC0
>>39
畿内ならなおさら距離が困るのでは?
水行のスピードを見積もりなおすならいいんだけど。

>>40
仮説を立てるに記紀と魏志は大事
ただ、遺物が出てこないことはね

51 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:48:50 ID:AUyptCErO
普通に考えてヤマタイ→ヤマトじゃないの

52 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:49:02 ID:jb+yzqen0
もしかして ↓ コレ に対抗してるのか?

【考古学】卑弥呼宮殿の一角か 特異な張り出し柵や建物跡出土 奈良・纒向遺跡★2
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1237824846/1
 

53 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:49:21 ID:0RZ9mSmF0
箸墓古墳があるとこじゃないの?

54 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:49:30 ID:KAhhYX7CQ
>>38
「ヒミコ」ではなく「ヒミホ」と発音するのが古代日本語の発音系列から
みて正しいと。

55 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:50:17 ID:n8MLyb8d0
最近は徳島説がホットなのか知らんかった

56 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:50:24 ID:F4GciPNl0
>5
>日本の歴史教育は邪馬台国がどこにあったかなどに時間を割いている。
割いてないだろ
オメーはどこで教育うけてんだよ?
それとも日本が不自由なアホか?

57 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:50:59 ID:BD7h2u7f0
>>1
すごくキムチ臭いんですけど

58 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:51:00 ID:s1lNt/WU0
>>55
徳島はユダヤでお腹いっぱい

59 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:51:28 ID:7512BQNP0
全滅だ!

60 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:51:54 ID:PM14UOoGO
>>52
佐賀は劣勢を感じてるんだろうね
何か必死なほうがあやしいと思うのが人の心情


61 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:53:01 ID:W91ruQ8C0
結論ありきの仕事は大抵物にならない

62 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:53:01 ID:S+lyZeHJ0
>>39
これだけ長い間、あーでもないこーでもないと検討して、何も糸口すら見つからないことから、
その行程に関する記述はじめ、位置に関する記述のほとんどが誤っている可能性がある。
もはや、神学論争の域であり、まともな学者なら、誰もそれに拘泥してはいない。

63 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:54:55 ID:ZN5uWpki0
鋼鉄ジーグ禁止

64 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:55:07 ID:kXo0+pPh0
控え室の藤村新一は佐賀県説を力強く断言

65 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:55:14 ID:wT8A5JspO
>>61
会の名前が既に結論ありきだしね…

66 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:55:37 ID:QNFjU1m9P
>>47
自分は九州の豪族がクーデターを起こしたと妄想をしてる

たとえば、越前の豪族だった継体天皇の即位は、実際にはクーデターだったわけで
これと同じことが起こってたんじゃないかな?

67 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:56:38 ID:gdYUYYt60
神武の東征というのが近畿への進出であり
それまでは九州にあったと考えられる

68 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:56:44 ID:WTqCfAnv0
>>49
東征後に権力が安定し、その権威を示すために
嘗て無い規模の古墳を造成しその範囲が広がっていったんだろ。

69 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:56:50 ID:CCqaQZig0
此処のは味噌よりも普通の棒ラーメンの方が旨いと思うな
断然!

70 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:57:25 ID:Qf4+nrh9O
結論ありきの研究とか、馬鹿だろ?
仮説レベルを他人に押し付けないで欲しい。

71 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:57:31 ID:RYVfVcDmO
長野でいいよ

72 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:57:40 ID:WcxLu68i0

大分ですよ


73 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:58:01 ID:ffCurkuXO
もう「邪馬台国はフィリピンだった。」でいいよ。

74 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 15:59:20 ID:6CRXftUW0
>>66
さらに言えば、神武帝はもともと機内に居たか若しくは機内に濃い縁があったと思われる。
なぜならよそ者であるはずの神武帝が熊野上陸後味方をどんどん増やして奈良へ突入したからである。
もしかしたら神武帝は一度機内を追われて製鉄先進国であった九州で豪族を味方につけ再起を図り機内を奪還したのではないだろうか?
だから機内には親神武派の豪族が居たのかもしれない。
まるで天照大神に追われたスサノオのように。

75 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:01:08 ID:u6JgF+9C0
明治時代だって薩摩と長州が江戸までやってきて
その後の日本の政治を薩摩と長州が100年以上支配してる
戦国時代だって尾張の秀吉が大阪に行って全国統一したり
三河の家康が江戸に行って江戸幕府開いたり
頼朝が鎌倉から京都支配したり
そういうのが日本の歴史
つまり日向の神武が奈良で国作っても全然普通
むしろそれだけの遠征力があるからこそ全国が統一できる

76 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:01:13 ID:PM14UOoGO
佐賀って何もないからな
何か売りになるような物が一つでもほしいんだろ
捏造であろうが大きな声を上げたものが勝ちっていう考えは日本人にはなじめないんだがな。


77 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:01:30 ID:i4A5aHcv0
最近になって徳島って説まで出てきたw
掘り返させないと決着なんて付かないだろうな

78 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:01:41 ID:TbqTKatoO
>>4
2000年後くらいには、
「邪馬台国を考える会」がどこにあったのかをめぐって
論争になるんですね、わかります

79 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:01:57 ID:bG0Eduef0
単なる邪馬台国誘致合戦だからほっとけw

80 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:02:30 ID:s1lNt/WU0
>>76
佐賀は有名じゃん
県庁がネットの佐賀って書き込みを調べてるってw

81 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:02:56 ID:9nKBbz8Q0
九州説は候補地が多すぎてまとまれないと思うw

82 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:03:15 ID:Yc0OvKMw0
ええっとテレ東的には
徳島に邪馬台国があって
埼玉に日本国があって
青森にユダヤ人国家があって
奈良にペルシャ人国家がって
大分にギリシャ人国家があって
熊本にエジプト人国家があって
沖縄にフェニキア人国家があって
出雲に宇宙人国家があるんだっけ?

83 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:03:23 ID:pS6v6EJg0
畿内みたいな大阪民国より佐賀を応援したいです。

どうしても畿内説にしたい朝鮮人がいるようだから。



84 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:03:30 ID:HROaYQfD0
学術的には九州説なんてありえないんだから
歴史歪曲のもとになる九州説主張イベントは
そろそろやめるべき。


85 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:03:33 ID:OqJbTTjW0
>>78
2000年も経ったら、恒星間航行が出来て、実際に過去を見れるかもね
人類滅亡してる可能性もあるがw

86 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:03:37 ID:lN+NEJ7WO
邪馬台国は現在の西成区にあったんだよ

87 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:03:54 ID:V9gA4pK90
ソウルだ

88 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:04:18 ID:uWWI7IIC0
>>75
近代の交通・通信が発達した時代と、封建制の幕藩時代と、中央集権の朝廷時代とでは、
政治の届く距離が違うよ。

89 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:04:34 ID:D1eLh7jm0
>>1
定住生活だったという根拠も無いだろう・・・
事あるごとに遷都する風習なら、実態など無いに等しい。

そもそも、例の金印からして偽物の可能性大じゃないか。
あの時代は元号がコロコロ変わり、大陸から通信士の来日などもあった。
藩の重要性を示すため、金印を製造したと考えるほうが自然だ。

聖徳太子も実在しない人物との学説が有力になっており
「十七条憲法」 からして100年以上後になって付け足された寓話だ。

8世紀以前の日本史は、まったく信憑性の無い神話の世界。
どうやっても調べる手段など無い。下手にいじれば、あの国と同じことになるぞ!


90 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:04:40 ID:QNFjU1m9P
>>74
>製鉄先進国

おお、おれも同じ考えだ・・・「製鉄」がキーワードなんじゃないかと
鉄は武器としてのみならず、農具等の使用で飛躍的に生産性を上げるツールだしな

おそらく、たたら製鉄の技術を発見した集団が九州にいて、
軍事力と生産力を背景に、本家のあった畿内に進出したんじゃないかと妄想

91 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:04:54 ID:6CRXftUW0
>>85
いや、テロ国家のばら撒いたスペースデブリによって人類は永遠にこの星に閉じ込められるとみた。

92 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:05:41 ID:kTEqiQle0
なんで討論とかする前から結論出てるの?
こういう分野にもプロ市民っているの?

93 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:05:44 ID:sC86UUKw0
畿内説が確定ならば 吉野ヶ里遺跡は何のための場所だったんだ?

94 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:06:07 ID:OqJbTTjW0
>>91
出て行けなくなるくらいデブリがあったら、日の光も届かず、普通に死の星になるぞw

95 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:06:11 ID:assEqQ9nO
>>82

の意見に賛成だな(*^-^)b

96 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:06:16 ID:s1lNt/WU0
>>93
地方豪族のむらだったんじゃない?

97 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:06:46 ID:rknr5trg0
>市民レベルで九州邪馬台国説を補強していく。

んなことしてる暇があったら証拠の発掘に全精力を注げよ

98 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:06:49 ID:VPcb/4P00
まず しんぶん赤旗HPで 明確だが

大阪市の見張り番のおばチャとか オルクて 共産党の政治用語かな

東大共産党細胞 渡辺恒雄とか

「反貧困・春の大相談会」に参加した人 大阪市 北区役所


大阪市職員て いかほどでの 

民主党 長妻昭議員に質問に質問したいのだが

民主党参院議員、松岡徹氏(55)の ヤミ給料 ヤミ年金 だが

解放同盟の専従だからが 解放同盟が給料 年金を払いが正解だろう

なぜ しんぶん赤旗が追求するの?

「反貧困・春の大相談会」に参加した人たちで、大阪市北区役所では

松岡徹氏(55)は いまでも 大阪市職員  なの?

極道キャスター 角淳一


99 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:06:57 ID:HROaYQfD0
>>93
三国志倭人条に出てくる国のどれか


100 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:07:07 ID:u6JgF+9C0
奈良説の古墳の時代設定は意図的に古く偽造しすぎてて
まともな研究者からは否定されてる
奈良説で卑弥呼の墓とか言ってる巻向古墳も
実際はもっと新しい時代のもの

101 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:07:59 ID:f8hWpt+W0
邪馬台国がどうのって書いたおじさん半島まで来て酒飲みながら聞いた話をまとめただけだよ。

102 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:08:35 ID:eErOBJa00
神武東征を否定したがるのは、皇国史観に強硬に反対する朝鮮人や左翼勢力。

103 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:08:48 ID:uWWI7IIC0
>>91
その前にデブリ回収船を作らないとな。
他の船に体当たりできるような

104 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:08:53 ID:S4MVlTfm0
はぁ?最初から結論決めてるとか意味あるのかよ。

105 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:09:10 ID:qMIqZVL/0
>>82
最近、埼玉の古代日本国って全然放送しないね
なにか問題でもあったのか?

106 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:09:44 ID:u6JgF+9C0
>>89
金印は中国からまったく似たようなつくりの金印が発見されてて
同じタイプと分かって本物と確定してる

107 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:10:06 ID:kXo0+pPh0
塩ビ工業協会やNTTドコモが
ダイオキシンや電磁波が人体に無害とかいう研究を金の力で出させてるのよりは
かわいいもんジャマイカ

108 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:10:32 ID:RUf7lD1hO
九州にあったとしても佐賀はないだろw映画にもなったけど島原もない。あの目の不自由なおいちゃん、単に自分の住んでる島原を耶馬台国があったと信じたいだけだしw吉野ヶ里も島原も何にも発展してなさすぎる。

109 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:10:45 ID:y8V0DZDV0
おそらく奈良なんだろうな
東征はそれ以前になされていて
もともと他所からきた王なんだから連合国家という形になるわな
故郷の地名を移住した土地に当てはめるってのはよくあることだし

卑弥呼=天テラスっていう妄想だけ弾き飛ばせば、結局一番座りがいいのが奈良

110 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:10:47 ID:6CRXftUW0
>>90
どう逆立ちしても古代戦争で青銅と鉄の武器ならば勝負は見えてるよね。
銅鐸の大量出土をみても機内に高度な文明が存在したのは事実だが、製鉄技術は今のところ九州の方が先進的だった様子。
邪馬台国と大和という発音、そして卑弥呼と天照大神という女帝、こういった共通点をもってして邪馬台国=大和と考えたならば本家は機内であるが何らかのクーデター的動きで九州勢力が動いたことは確実と思われる。
>>93
大宰府のような迎賓館的都市だったのでは?
事実、魏の使者は邪馬台国の首都には入れなかったわけだし。

111 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:10:49 ID:sCpF223p0
あれ?吉野ヶ里って卑弥呼よりちょっと前の時代に栄えてたんじゃなかったっけか

112 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:10:53 ID:c6rsDmsR0
吉野ヶ里公園いったことあるけど、捏造レベルにいろいろ作られててフイタ

113 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:11:01 ID:Pl1f0nMp0
ヤマトタケルといえば、熊襲征伐だが、これがへんな話なのだ。

熊襲とは大和朝廷に反抗した九州の勢力だ。
小碓命(ヲウスノミコト、後のヤマトタケル)は、
熊襲の王カワカミタケルを討つため、なんと女装して近づき、
すきを見て相手を殺すことに成功する。
その時カワカミタケルは小碓命の勇気をたたえて自分の名をおくり、
以後ヤマトタケルと名乗ることになるという話だ。

建国神話の英雄譚だから堂々と戦えばいいものを
女装するとは奇妙だし
そんなセコイ手で殺した相手から名をもらうというのも理解に苦しむ。

女装して近づいたとは、結婚したと解釈できないだろうか。
大和と熊襲は、政略結婚によって同盟関係となったのだ。
結婚なら名前をもらったというのもおかしくない。
後に朝廷の力が強くなると、熊襲を従えたように話を変えていったのではないか。

もうひとつの反抗勢力・隼人は奈良時代になも記録があるのに
熊襲の方は、この事件以降、歴史からまったく消えてしまう。
これは大和と熊襲が完全に一体化したということではないか。
なぜ一体化できたかといえば、もともと同族だったからだ。

神武天皇の東征に従わず、九州に残った連中もいただろう。それが熊襲ではないのか。

むしろ熊襲が本国で、神武軍は遠征軍だったかもしれない。
九州本国のバックアップがなければ、畿内を制圧するなど難しいだろう。
その後、大和の方が強くなり本国と対立、最終的に飲み込んでしまったのだ。

神武軍は畿内の敵を倒したとき、「久米歌」というのを歌う。
「みつみつし久米の子等が〜撃ちてしやまむ」といった内容だが、
神武軍は自分たちを久米の子と呼んでいたのだ。久米とはクマではないのか。

114 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:11:11 ID:S+lyZeHJ0
鉄なら、ほぼ解明されてる。
北九州の朝鮮、中国と強く結びついた勢力が独占していた
朝鮮半島東南部で生産されていた鉄の輸入利権を、
畿内、瀬戸内の諸勢力が連合して、直接奪いに出たのが、3世紀初頭。
急に鏡の分布が変化する。
そして、3世紀半ばまでに前方後円墳が成立、畿内を中心とした同心円状に広がる。

115 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:11:31 ID:uWWI7IIC0
>>102
むしろ、青銅・鉄器文明の弥生人によって駆逐されるのが嫌だと感じる縄文系の人たちじゃないのか?

116 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:12:47 ID:eErOBJa00
>>115
誰だよ縄文人というアイデンテティ持ってんの。

117 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:13:35 ID:rknr5trg0
>>100のようなレスがたまにあるけど、その否定してる研究者とかのソースを示さないのは何故なんでしょうか

118 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:13:49 ID:Yc0OvKMw0
>>105
昨日やってたよ。
倭と関ヶ原で合戦をして負けて東北に落ち延びたそうな。
あと、古代日本国の遺跡群を世界遺産に登録しようとして
日本での選定で落選したとかw

119 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:14:05 ID:HROaYQfD0
吉野ヶ里を頼りに邪馬台国だといったところで
巻向遺跡に比べたら、ぜんぜん小さな遺跡なんだから
吉野ヶ里が邪馬台国だったら、じゃあ巻向は何なのか?って話になる。
資料でも陳寿だって九州から船にのって相当な距離がある場所に
邪馬台国があるって書いてるんだから畿内でしかないのよ。


120 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:14:08 ID:uWWI7IIC0
>>110
魏の使者は、邪馬台国どころか倭にきたことすら危ういのでは?
倭人伝は基本的に伝聞系だろ?

>>116
ちょっと厨二な東北人とか


121 名前:涙目の奥様:2009/03/25(水) 16:14:45 ID:tijisqvXO
>>86
西成にあるのは邪魔台国!…
な〜んて、冗談はさておき
昔、松本清張が生前の頃
邪馬台国は遠賀川流域にあったと、唱えていたのを覚えている

122 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:14:59 ID:kTEqiQle0
>>116
ジャーマン人

123 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:15:03 ID:xSLIz8cX0
吉野ヶ里遺跡のある佐賀県神埼市も、纏向遺跡のある奈良県桜井市も、
なぜか両方ともソウメンの名産地である。

どちらのソウメンが美味いか?

124 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:15:44 ID:pS6v6EJg0
朝鮮人は畿内説を推してるんですね。

じゃあ畿内説じゃないな。



125 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:15:58 ID:APDCp+Kl0
いい加減、邪馬台国の場所は忘れようぜ。
俺がよちよちの頃からこれやってるよ。多分、その前からだろうが。

126 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:16:20 ID:El+Z+UdAO
こう言う下らない町起こしは朝鮮人みたいだから止めろよ。
同じ九州として恥かしいわ。
邪馬台=ヤマトで昔に解決済み。

127 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:16:29 ID:6CRXftUW0
>>120
出張費水増しのための虚偽の出張報告書って話もあるねw
しかしアレだけ南方系の風俗を描いているんだから半島止まりとは考えにくい。
少なくとも九州には渡ってきたのではないかな?

128 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:16:51 ID:TbqTKatoO
青銅の武器と鉄の武器って
そこまで殺傷力ちがうもんなのか

129 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:16:55 ID:it6MlTQM0

まあ、吉野ヶ里vs纏向 だったら年代観で相当な綱引きがあるだろうなw

てかそれでほぼ決着がつく?www

130 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:18:41 ID:pS6v6EJg0
また在日大阪民国人どもが、
韓国人みたくなんでも大阪発祥にしたいんでしょ。

邪馬台国じゃなくて古代韓国があったのが大阪民国。



131 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:18:42 ID:3pV3XPej0
邪馬台国は中国歴史に当てはめれば、魏(AD220−265)に当たる。
すると、邪馬台国が有った場所は、魏か、その直前の後漢時代に相当する
遺物が最も多く出る場所が、最も有力な候補になる。それを満たしているのは
九州である。奈良は、墓の遺跡は大きいが、中国と同時代遺物と言う時代考証
の点で、話に成らない。魏志倭人伝との整合性の点からも、最もカケ離れている。
「渡海千里また国あり皆倭種なり云々」等々、行き場所が無い。

132 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:19:54 ID:xWPy1KBn0
石戸ちゃん、まだ生きてたのかw

133 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:20:32 ID:uWWI7IIC0
>>128
耐久性と量産性が違う。

中国文明とかは青銅の限界を突き詰めて、鉄器と遜色ないものにもなってたが、
普通の冶金技術なら、鉄器の方が武器・道具として優秀

134 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:21:00 ID:6CRXftUW0
>>124
むしろ逆じゃないかな?
朝鮮人はなんとしても文明は半島から伝わったとしたいから九州説にこだわる。
機内説の根本は日本人のルーツを春秋戦国時代の呉の国の人々に求める。
弩(いしゆみ)の技術は長く大和朝廷の秘密兵器として存在していたが、新羅は3世紀になっても弩の技術を持っていなかった。
その後、弩は日本の風土地形での戦闘に不向きなので廃れたが、そのような風土地形に合わない武器をなぜ大和朝廷が持っていたか?
それは孫子の国である呉から渡ってきた人々が日本人の祖先だから。

135 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:21:15 ID:R1BjZami0
大昔・・・「邪馬台国」は、現在「日本」と呼ばれている島々の数箇所にありました。
特定の場所に存在していたのではなく、点在していました。
それぞれの「邪馬台国」には「長」がいました。
有名なのが「卑弥呼」だそうです。
今では、地形が変化しすぎていて、当時の島の何処と何処にあったと・・正確には
判らないそうです。

と・・・おれの夢に現れた女の人(のような影)が言ってたぞ。

136 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:21:19 ID:EV7EvQ5i0
邪馬台国九州説を唱える会、にしとけよ

137 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:21:28 ID:dBQSnrhE0
素人思考でも
距離の曖昧さはともかく
日数だけは曖昧ではない
どうみても九州は無理じゃね?
大分とか宮崎じゃなきゃ

138 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:21:50 ID:zpeAIHL20
出雲から畿内に向けて勢力を伸ばしたヤマト国、30国連合の中心地ナラで国造り。
九州から畿内にお婿さんに来て、そのまま畿内の既存権力を掌握したのが天皇家。

139 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:21:51 ID:emE3d9ve0
奈良県だと思うよ。九州説を唱える人たちは思弁的過ぎる。
それだけ物証が少ないって事だろ。

140 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:22:09 ID:D1eLh7jm0
>>106
中国の出土品を信じてる時点で、生まれながらの天然だよ、あんた・・・
少しでも齧ってれば向こうの出土品はマユツバだと知ってるはずだ。

141 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:22:16 ID:i+AgfY250
本社が奈良で、九州が出張所だって関連スレで言ったら小学生扱いされた俺涙目

142 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:22:23 ID:I8obiiY40

安彦良和説でいいよもう

ナムジと神武また読みたくなった



143 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:22:29 ID:QNFjU1m9P
>>128
相当違うけど、青銅器と鉄器の最大の違いはその農業生産力
耕作可能な土地が飛躍的に多くなる

144 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:22:34 ID:MnNdfCjx0
九州必死だなw

145 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:23:13 ID:HROaYQfD0
>>141
それ正しいよ。


146 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:24:05 ID:pS6v6EJg0
>>134
そこまで在日どもは考えてないから。
大阪民国発祥にして、邪馬台国まんじゅうで金儲けとか
そういうことしか考えてないからさ。

ユニバーサルスタジオの隣に邪馬台国ランドとか作りそうじゃないですか。
在日って。



147 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:24:40 ID:I8obiiY40
古代日本とかに関してガチで議論してるとなると
どこの板になるん?

参考までにスレを覗いて見たい

148 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:24:54 ID:uWWI7IIC0
>>146
いや、まさに佐賀人がそれをもくろんでいるとおもうのだがね

149 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:25:09 ID:i+AgfY250
>>145
九州説の奴にケチョンケチョンに言われましたがw

150 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:25:32 ID:S+lyZeHJ0
>>134
鯨面。これが楚の古の風俗と一致する。

151 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:25:39 ID:Vu/VGi6c0
>>124 >>134
いずれにせよ、倭人伝の記述により、邪馬台国が南方海洋系の文化圏であることが
確定しているので、北方大陸系文化の朝鮮民族とは全く関係がないだろ。

日本人は自分たちのアイデンティティに鈍感すぎる。
教養のある大人たちでも、日本の文化が朝鮮からきたと思い込んでるので、あきれる。

152 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:25:56 ID:RAspFpcO0
朝鮮人の主張みたいで嫌だな

153 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:26:36 ID:y8V0DZDV0
>>137
最初に日本本土に到着したのが日向(宮崎)だろ
そこから延々と旅して北九州なのか奈良なのか?ってことなら
常識的に考えても、また海路を通ってることでも奈良だと考えるのが普通だよな

154 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:27:21 ID:u6JgF+9C0
>>139
物証がありすぎてどこだかまとまらないのが九州説
物証がなにもなくて古墳の年代を偽造してるだけなのが奈良説

155 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:28:01 ID:pS6v6EJg0
>151
私も朝鮮人がルーツだと思うと死にたくなるので
調べてみたら、海人族という人たちがいたようですね。
安曇人というんですかね。



156 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:28:39 ID:zpeAIHL20
>>151
戦後、皇国史観の否定にばかり力を入れた特異な思想の影響だな

157 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:28:42 ID:3gcchIIE0
結論ありき

まあ、これは学閥争いなんだよな
東大の優秀な教授に九州人が多かった。これに疑問をなげかけたのが、京大の内藤湖南。

158 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:28:46 ID:rOjbvaha0
>>119
邪馬台国以外に日本には大きな国はなかったと
思いこんでる奴が多いな。

>資料でも陳寿だって九州から船にのって相当な距離がある場所に
>邪馬台国があるって書いてるんだから畿内でしかないのよ。

そんなつまみ食いならこうも書けるぞ

>資料でも陳寿だって九州から船にのって南に行くと
>邪馬台国があるって書いてるんだから畿内では有り得ないよ。


159 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:28:47 ID:2fzSgL93O
吉野ヶ里は邪馬台国より古い時代だろ。
紀元前頃の可能性もあるとか。
正直邪馬台国より高天原を主張した方がいいと思うんだが。

160 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:28:56 ID:uWWI7IIC0
>>151
先端技術や宗教が渡来人によってもたらされたのは確かだし、
遺伝的にも北方大陸系の人種の割合が多いのは確かだが

N9aの人種が作った文明を駆逐したのか、融合したのか
その辺はよくわかってないだろう。

161 名前:古田武彦:2009/03/25(水) 16:29:12 ID:YvgDpzAC0
古田武彦

162 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:29:33 ID:NT/YQRvj0
どんな物が出土したり、何処出典のどんなキーワードが出てきたら有力説じゃなく決定的になるんや

163 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:29:47 ID:PM14UOoGO
宮崎か奈良だな
吉野が里はただの渡来豪族の屋敷跡
エセ日本人の佐賀ごときが出しゃばるな


164 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:29:48 ID:sG0BeG2m0
ふざけんな!!佐賀には何もないんだから邪馬台国くらい残してやれよ!
たとえば日の丸弁当出されて梅干取られたら可哀想だろ!
この際事実なんてどうだって良いんだよ!!議論すんな!


165 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:29:59 ID:IOzkF5bV0
アサコは卑弥呼の末裔かもね

166 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:30:07 ID:c6rsDmsR0
>>147
http://academy6.2ch.net/archeology/
http://academy6.2ch.net/history/
このへんじゃね?

167 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:30:19 ID:pS6v6EJg0
朝鮮人は朝鮮人がルーツだったことにしたいだけでしょ?

ウザイ。



168 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:30:23 ID:D1eLh7jm0
>>141
あれ、アンタか・・・(´д`;)

出雲あたりまでは調べやすいんだけど、そこから西になると難しくて。
だけど現在ほど中央集権化してなかったのは事実だから、説としては変じゃないよ。

説を出すのは素晴らしい事だけど、過去を捏造しはじめたら終わりだから
そこらの線引きできる人たちだと信じたいね(>>1

日本国民がしっかり見張らないと、昭和時代(そして現在の)教科書みたいに
日本史の教科書に架空の人物や、作られていない法律を書き並べるハメになる。
あれじゃ例の半島の教科書と変わらん!

169 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:30:32 ID:i+AgfY250
>>158
邪馬台国琉球説ですね、先生!

170 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:30:49 ID:Iof4gYEW0
北海道アイヌ 東北蝦夷 東日本日本王国 近畿ヤマト王権 中国出雲 四国? 九州邪馬台国 沖縄琉球王国

171 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:31:02 ID:4p5sRyXjO
>>152
畿内説こそ日本半万年みたいで半島史観そっくりですけど。

172 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:31:27 ID:it6MlTQM0
>>151
悪いことは言わない止めておけw

そもそも天孫降臨神話は扶余・半島を含む東北アジア系の神話であるのはもう常識w

記紀神話は南洋系と東北アジア系のごちゃ混ぜであるのは間違いないwww

173 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:31:54 ID:3cX20H1jO
八幡平かハワイでいいよ、もう

174 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:32:21 ID:2fzSgL93O
>>164
俺は佐賀の辺りに高天原があったと見てるがな。

175 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:32:28 ID:qCI3kkyFO
近畿に旅行に行った人の日記が九州のことばかりというのは無理があると思う

176 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:32:44 ID:S+lyZeHJ0
>>171
残念ながら。日本という国はずーっと、内実はどうあれ続いてきているのが事実。
少なくとも、大和王権からは。

一緒にするな。

177 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:32:45 ID:c6rsDmsR0
別にどこにあってもいいから佐賀で変なことするなよ
恥ずかしい

178 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:33:09 ID:pS6v6EJg0
日本人のルーツはパプアニューギニアの方だと思う。


179 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:33:38 ID:i+AgfY250
>>168
九州にあったら常に侵攻の危機にあるから奴隷状態

180 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:34:52 ID:TNKa+dLuO
ヤマタイコクは

大和の総称


やまとのくに

大和の国


ヤマタイのコク

ヤマタイコク

181 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:35:42 ID:vJUhbfEN0
日本じゃぜんぜん無名なのに、
外国で有名な日本人がいるだろ。
卑弥呼っていうのはそういう存在。

韓国で人気という笛木優子とか。
ある時、記録がすべて消失し、かろうじて一部が残った。
そこで笛木優子の韓国の記録が見つかり、
「これが当時の日本の代表的スターだ」と笛木探しをしてるのが
今の状態。

週刊誌などの残骸を調べて、笛木優子とは山口百恵のことではないか、
いや美空ひばりだ、それは時代が合わない、松田聖子だろう
などとやってるのと同じなんだよ。


182 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:36:42 ID:8cIM8OKb0
奈良県人だけど、九州王朝説であってると思うよ。

183 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:36:55 ID:oKkNPpW20
>>180
邪馬台国=ヤマタイコクと読むとは限らないんだよ

184 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:37:08 ID:3pV3XPej0
>>150
鯨面は呉越でそ。
周の建国時、弟の季歴に地位を譲って呉へ降臨した太白が、現地のドジンの習慣
に合わせて鯨面文身。わーい!ウチらと同じ!って訳で、人気者に成り歴史に
名を残したのよね。

185 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:37:26 ID:uWWI7IIC0
>>174
佐賀から宮崎に天孫降臨するのか?

186 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:37:36 ID:TbqTKatoO
>>181
ワロタ

187 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:37:38 ID:rc/1xNH8O
やべ、卑弥呼に恋してきた

188 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:38:16 ID:sccoHh8i0
考古学的には吉野ヶ里は候補から脱落しそうだから、
機内説が有利になってきたかもな。


189 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:38:21 ID:fGKAI7WE0
>>1
>「邪馬台国を考える会」(仮称)

名称がまだ確定していないのなら、「吉野ケ里遺跡を考える会」、とするべきだろう。
もし「邪馬台国…」を使うのであれば全国組織とするべきで、特定の遺跡だけヨイショする集団では良くない。


>市民レベルで九州邪馬台国説を補強していく。

学問的真実は、数を頼みに多数決で決めるようなこととは無縁の筈である。


>「吉野ケ里が邪馬台国だということを検証し、若い世代に受け継いでもらうため
>会を立ち上げる」

学説は、一人ひとり、受け取り方も、吟味の仕方も、違って当然である。
若い世代は若い世代なりに、自分の頭で思考しなければならない。
それが学問的自由であり、そういう態度こそ尊重されるべきである。

若い世代への学説のお仕着せを目論んでいるようで、感心できない。


190 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:38:35 ID:IcD+rzpX0
「ヤマト」の「ミコ」の当て字だから、探してもムダだとおもう

191 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:38:41 ID:i+AgfY250
>>182
奈良のどこにお住まいですか?

192 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:38:44 ID:7g/Q9u390
>吉野ケ里遺跡(神埼市郡)が邪馬台国であったことを歴史、考古学的に究明する

そんな目標を決めるんじゃねーよ。

193 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:38:55 ID:k/g/Sw2d0
昨日テレビで徳島だって言ってたよw

194 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:39:37 ID:ueIDUpDx0
じゃあ、吉野ケ里は邪馬台国佐賀支部ってことで

195 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:40:05 ID:758uRCST0
予想外にも、どっちでもなかったりしてなw


196 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:40:35 ID:pS6v6EJg0
大阪だと邪馬台国のイメージが悪くなるでしょ。
どうしたって、朝鮮国になってしまうから。

畿内説にするくらいだったら北海道の方がいい。


197 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:41:55 ID:QLHr4aGTO
行政の企業誘致合戦の体に似てる

198 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:42:12 ID:it6MlTQM0
しかし「ミスター吉野ヶ里」こと高島忠平ですら”公式の場”で
吉野ヶ里が邪馬台国だと断言した事は無かったんじゃないのか?w

いよいよ勝負に出るか?ww

まあ一つのキモは3世紀中頃に吉野ヶ里がどれだけ寂れていたか?
その寂れっぷりが問題だなwww

199 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:42:18 ID:8cIM8OKb0
奈良の地名って九州北部のコピーなんだよな。
吉野ヶ里って本来の吉野だろ。

200 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:42:37 ID:y8V0DZDV0
神武東征が3世紀まで行われてなかったとしたら大変おかしな話
だから邪馬台国は奈良

それが結論

201 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:42:42 ID:mLUVfpBN0
邪馬台国韓国説が無いのは差別ニダ

202 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:43:16 ID:sccoHh8i0
>>172
南方系でも降臨神話ってあったような気がするが・・・。


203 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:45:17 ID:758uRCST0
>「吉野ケ里が邪馬台国だということを検証し

てかもう邪馬台国であるという前提で検証するのか

204 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:45:34 ID:QvrLQZJJ0
「倭人在帶方東南大海之中、依山島爲國邑」
倭人は帯方郡の東南の海にいて、山勝ちな島に住み国を作っている。
●帯方郡は朝鮮半島中西部。三国志に出てくる公孫氏によって作られ魏の支配下となる。

「舊百餘國、漢時有朝見者。今使譯所通三十國」
昔は百以上の国があって、漢の時には朝見する国もあった。
現在は、使訳が通じるところは30の国がある。

「從郡至倭、循海岸水行、歴韓國、乍南乍東、到其北岸狗邪韓國、七千餘里」
(帯方)郡から倭へ行くには、海岸に沿って水行し、韓国をへて、南へ行ったり東へ行ったりして、
その北岸に当たる狗邪韓國につく。ここまで、七千余里。
●「到」を使っている。狗邪韓国は朝鮮半島南部とされる。

「始度一海、千餘里至對馬國」
始めて海を渡り、千余里で対馬国につく。

「又南渡一海千餘里、名曰瀚海。至一大國」
再び“瀚海”という名の海を渡り、千余里で一支国につく。
●壱岐とされる。

「又渡一海、千餘里至末盧國」
さらにもう一度海を渡り、千余里で末盧国につく。
●佐賀の松浦半島とされる。ただ根拠は名前が似てるというだけ。

「東南陸行五百里、到伊都國」
陸地を東南に五百里進むと伊都国につく。
●「到」を使っているのはここと狗邪韓國だけ。至と違いはあるのかないのか。
福岡の糸島半島とされるがこれも名前が似てるから。

「東南至奴國百里」
東南に進むと、百里で奴国につく。
●今まで海・陸行を書いてたのにここから方角と距離のみになる。だから実際は行ってない説あり。

205 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:46:45 ID:uEd79PPi0
邪馬台国のうるさく言ってた関西の芸人何だっけ
横山ノックじゃないほう

206 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:47:05 ID:u6JgF+9C0
>>140
金印3種
http://inoues.net/museum2/9shu_add31.jpg

左:志賀島の金印。57年、後漢・光武帝から奴国王に下賜されたと後漢書にある。
「漢の委(倭)の 奴の国王」と読むのが通説になっているが
「委奴」を「イト」と読み「伊都国」に比定する説もある。

中:1981年、中国江蘇州で出土した。
「漢委奴国王」印とほぼ同時期に同じ工房で製作された兄弟印とされる。
この金印の発見で「漢委奴国王」印の真贋論争に決着がついた。

右:1956年発見。BC190、前漢の武帝が.テン国王に下賜した金印とされる。

中国の発見者の記事
http://www.nishinippon.co.jp/news/museum/special/051005.html

207 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:47:14 ID:PM14UOoGO
吉野が里は半島や大陸に赴くための宿場施設
あるいは出迎えのための迎賓窓口
出先機関、まあ支店みたいなものだ
だが、迎賓館だからある程度豪華にしとかないと半島や大陸にいいかっこ出来ないそんなところだな
王族の巨大墓がないしな。


208 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:47:41 ID:iPIaawoP0
吉野ヶ里はナ国と思います

209 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:47:42 ID:hmSNVY7b0
魏志倭人伝の記述を正確になぞると、邪馬台国があるべき地点は、海上になる。

つまり、邪馬台国は海中に没したのだ!
邪馬台国こそムー大陸だったのだ!

210 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:48:15 ID:oKkNPpW20
>>202
神話の英雄物語は世界各国似てる
英雄の誕生
親の死
旅立ち
大きな敵退治
平定
英雄の死

これを上手く使ったのがスターウォーズ

211 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:48:33 ID:it6MlTQM0
>>205
上岡龍太郎だな。

あの人は「九州王朝説」支持者だったはずwww

212 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:48:51 ID:QvrLQZJJ0
「東行至不彌國百里」
東へ行くと、百里で不彌国につく。
●ここだけ「行」が入っている。だから使者が実際に行ったのは不弥国だけという説あり。

「南至投馬國水行二十日」
南に二十日水行すると投馬国につく。
●今まで方角と距離だったのに、ここから方角と日数に変わる。

「南至邪馬壹國、女王之所都、水行十日、陸行一月」
南に十日水上を進み一月陸を進むと邪馬台国に着く。女王が都をおくところ。
●邪馬台国と書いてるのはここのみ。以降は女王国。

「自女王國以北 其戸數道里可得略載 其餘旁國遠絶 不可得詳」
女王国から北は、その戸数、道里をわずかに記載できたが、
それ以外の隣国は絶遠しており、詳細を得られなかった
●つまり上記で道程を書いた国は女王国より北にある。

「次有斯馬國、次有已百支國、次有伊邪國、次有都支國、次有彌奴國、次有好古都國、次有不呼國、次有姐奴國、
次有對蘇國、次有蘇奴國、次有呼邑國、次有華奴蘇奴國、次有鬼國、次有爲吾國、次有鬼奴國、次有邪馬國、
次有躬臣國、次有巴利國、次有支惟國、次有烏奴國、次有奴國、此女王境界所盡」
次に斯馬(しま)国有り・・・次に奴国有り。これ女王の境界の尽きる所なり。
●奴国が2度目の登場だが、女王の南の境界とすれば、伊都国の近くの奴国とは別なのか。
奴のつく国が多いので一文字抜けているだけかもしれない。

「其南有狗奴國。男子爲王。其官有狗古智卑狗。不屬女王」
その南に、狗奴国がある。王は男である。
狗奴国の官を“狗古智卑狗”という。女王に従わない国である。

「自郡至女王國萬二千餘里」
(帯方)郡から女王国までは、一万二千余里である。
「女王國東渡海千餘里、復有國、皆倭種」
女王国の東に海を渡ること千余里、また国がある。いずれも倭人である。

213 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:48:59 ID:i+AgfY250
>>199
すげぇ、吉野ヶ里って地名は当時から残っているのか

214 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:49:30 ID:MRX2sswF0
福岡県 山門郡 大和町
佐賀県 佐賀郡 大和町

地図帳見て邪馬台国はこれのどっちかだろと
思ってたサガ県民です。


215 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:50:24 ID:PM14UOoGO
>>209
そのほうが夢があっていいかもw


216 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:50:56 ID:8Da7M8Ik0
>>213
南アルプス市はヨーロッパからの渡来人が作ったんだぜ
さいたま市はひらがなが出来た町が昔あった場所なんだ

217 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:51:19 ID:7g/Q9u390
>>210
そういえば、スサノオって最後どうなったんだっけ?
大国主命がスセリヒメを嫁にくれと言ってきたときに、
娘の結婚を邪魔するお父さんやってたのは知ってるけど、
その後はしらんな

218 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:52:13 ID:it6MlTQM0
>>202
ほう、寡聞にして知らなかったが参考までにどんな話しなのか教えてもらえないかな?

もし天から布に包まれた赤子が降臨する・・・なんてお話なら

十分南方起源の根拠になりうると思うから。



219 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:52:40 ID:FhxZpP9vO
>>10

九州にも地名「やまと」はたくさんある件。

むしろ「大和」を「やまと」と読ませるのが不自然で、
「やまと」という地名な象徴的な意味が生まれてから漢字を当てた二次的な地名くさい。

220 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:52:59 ID:wDlJ7ix5O
えぇーーーっ!?
佐賀に吉野屋があったぁ!?

221 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:53:18 ID:PM14UOoGO
>>219
大和町なんて北海道にもあるぞw


222 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:54:28 ID:Gu/lI/D40
〜タイって言う時点で
九州人じゃん

223 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:55:05 ID:TbqTKatoO
>>199
逆に九州が近畿の地名を真似たのかもしれない

224 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:55:07 ID:VvlIxHGW0
つか、徳島説もお忘れなく。

225 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:55:28 ID:hmSNVY7b0
>>215
まあ、ムー大陸は冗談だが、
「邪馬台国は埃及(エジプト)にあり」は、大真面目に主張する学者がいたからなあ。
やっぱり、これぐらいスケールの大きい説を言ってもらわないと、スター学者にはなれんな。


226 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:55:35 ID:uWWI7IIC0
結局、倭人伝の記述を概ね正しいと仮定すると

帯方郡→韓国→狗邪韓国→対馬国→一支国→末盧国→伊都国→奴国→不弥国→投馬国→女王国

問題は、伊都国からの行程だろ?
普通に読むと、幻のムー大陸になるし、
そこから放射説を採るのもおかしい。

不弥国までは距離で、投馬国からが水行・陸行だから、
魏の使者は、不弥国までは言ったが、そこからは人づてに聞いた
もしくは、トラブルで実際の距離以上の日にちがかかった

といっても、なんで南に出航するのかがわからんが

227 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:55:41 ID:FhxZpP9vO
俺も近畿説に傾いてきたが、
銅鐸文化の記述が倭人伝にないのと、和製の三角縁神獣鏡がまだネックに感じる。

228 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:55:53 ID:sccoHh8i0
狗奴国の男王「卑彌弓呼」が神武だろ。
卑弥呼は魏と組もうとした売国奴。
それを阻止したのが神武。
邪馬台国が滅びなければ支那の冊封体制に組み込まれていた。

229 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:56:17 ID:rMG/BYUP0
最初から九州説の結論を採ろうと決めている研究会って意味あるのか

230 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:57:09 ID:7g/Q9u390
つか「水行十日、陸行一月」って時点で、特定は無理だろ。
日本国内ドコでもOKやん。

231 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:57:30 ID:oKkNPpW20
>>217
調べてみたら幸せに暮らしましたってラストになってるw
この人ってヤマトタケルとごっちゃになっちゃうんだよな〜

232 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:58:06 ID:udJNHx/K0
邪魔大国って何よ

233 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:58:12 ID:Dks5nW5m0
魏志倭人伝自体が創作物語だったとしたら大いに泣けるな。

234 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:58:37 ID:PM14UOoGO
>>225
いつの時代も韮沢先生みたいな人はいてもいいと思う


235 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:59:05 ID:sccoHh8i0
だから文献では邪馬台国は確定できない。
考古学に頼るしかないけど、考古学だと畿内説が現段階では有利。


236 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:59:13 ID:uZ1+mX6w0
九州説は風前の灯火

237 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:59:16 ID:lhDJu1kM0
中学生の時の資料集をみて単純思考から、『東南へ100里進むと奴国(博多?)に至る。東へ100里行くと不弥国に至る。南へ水行20日で投馬国に至る。南に水行10日陸行1月で女王の都のある邪馬台国に至る。』なら邪馬台国は九州じゃないと今だに思っている。

238 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:59:30 ID:s1lNt/WU0
>>230
そんなもん遠くまで行きましたよってホラだからあてにならん

239 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:59:32 ID:3pV3XPej0
>>200
神武東征が3世紀迄行われていなかった、なんて言ってる学者はいませんでそ。
奈良の土地名は北九州・筑前筑後のコピー。名前だけでなく山と川と土地名との
相関関係まで、コピー。これは、北九州勢力が組織的に奈良へ大移動し、故郷
のクニを再現する大事業を起こした事を暗示する。出土品からして、北九州勢力
の方が奈良より古いのは明らか。移動時期は双方の遺跡や遺物の歴年代から見て、
AD100〜300年代まで波状的に起きている。魏志倭人伝に言う、「倭国大乱」の
時期から、既に奈良への移動は始まっている。神武東征は、卑弥子死AD248or
AD249の直後としたら、九州と奈良の遺物の暦年と時代考証が合う。神武東征は、
東征の最初ではなく、むしろ最後。九州勢力の東フロンティア進出のフィナーレを
神武が仕上げた。

240 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 16:59:56 ID:i+AgfY250
>>230
10日泳いで歩いて一月、着いたらベトナムだったとか。

241 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:00:18 ID:t8oC+mdM0
考古学ではどこまでいっても邪馬台国の場所が分からんから論争になってるのに有利って。

242 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:01:14 ID:Rl/4fXHx0
>>226
宮崎康平は、九州北部から南に船で行ける説を出してたな

243 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:01:24 ID:u6JgF+9C0
地名というのは古いものがいつまでも残っていくものと言われてる

魏志倭人伝の末盧国(まつろこく)は長崎県松浦半島で確定している

まつろ=まつうら

機内の地名は北九州に全部ある
機内の地名は北九州の地名のコピー

244 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:01:55 ID:s1lNt/WU0
>>237
支那の地図は九州が一番北にあって、本州が南向きに延びてるような地図なんか見つかってる
東だ西だってのはあてにならん

245 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:02:11 ID:i+AgfY250
>>239
なんで奈良を目指したの?他の地域でもいいじゃん。
奈良説を阻もうとする意図が感じられるんだけど

246 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:02:23 ID:VGhvjGpW0
九州に邪馬台国その他の大きな邑があったとすると、ヤマト王朝との兼ね合いがよくわかんねー。
九州→出雲→近畿の順に製鉄技術(軍事力・国力)が流れたとすると、東征と出雲の国譲りとで
矛盾が出てくるんじゃないのけ?

九州から近畿に亡命した一派が〜っていう解釈は流石に結論有りきだしなあ…

247 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:02:53 ID:zpeAIHL20
>>226
その当時、出雲や吉備がどういう状態だったのか・・・

女王国連合に入ってるなら列挙されてるうちのどれか。
女王国連合に入っていないのならば、狗奴國みたいに別に記載されてないと不思議なくらいの大勢力だと思うなぁ。

248 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:03:04 ID:V9MAaSPD0
九州説なんて朝鮮半島渡来妄想を間接的にフォローする為に反日メディアや
活動家が持ち上げたネタでしょwww

真面目に考古学やってる人達からムー扱いされていたのを、馬鹿な自治体まで地域起こしだと
一緒になって騒いだのが70年代から90年代

249 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:03:32 ID:VvlIxHGW0
邪馬台国論争も良いが、日本王国(狗奴国?)も議論しよーよ


250 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:03:42 ID:ko/VLuRdO
常々申し上げておりますが
卑弥呼の故郷は韓国です
本当にカムサハムニダ

251 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:04:13 ID:sccoHh8i0
>>241
文献資料の論争が何年続いてると思ってるのか?
考古学によって吉野ヶ里は脱落したんだから。
吉野ヶ里以外に考古学的に九州に有力な候補地ってある?


252 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:04:16 ID:QNFjU1m9P
妄想をまとめてみる

邪馬台国は畿内にあった
畿内は製鉄が始まる以前の技術水準で、耕作可能な土地が最も多い地域だった
この国力を背景に、邪馬台国によって西日本はほぼ統一されていた

大陸との交流を背景に、出雲・九州でたたらによる製鉄が始まった(輸入ではなく、自前で製鉄が可能になった・・・ここ重要)
たたら製鉄のケラの内、武器に使用されるのは純鉄と玉鋼であり、残りの銑鉄は農具等に利用される
従って、軍事力のみならず、生産力も飛躍的に増大した

この技術格差を背景に、一時的に畿内と出雲・九州との国力が逆転した

九州のある豪族が九州をまとめあげ、出雲と同盟して、
畿内に対してクーデターを起こした(神武東征の元ネタ)

クーデター成功
平野部の広い畿内に乗っ取る形で本拠地を移し、
旧来の邪馬台国の巫女支配体制を神話化して実質放逐することで、大和王権の原型を成立

どうよ?

253 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:04:17 ID:mHfxzdriO
卑弥呼役は由美かおるでおながいすます

254 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:04:28 ID:OqJbTTjW0
>>230
トータルが12000余里だから、そうでもない
水行20日+水行10日陸行1月で1300余里になる
まぁ、距離的に考えると、九州でも畿内でも無くなるらしいんだがw

255 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:04:49 ID:fZWi8l7IO
支那人は中華思想だから「中華」以外の土地の万物に悪い意味を持つ漢字をあてはめた。
邪馬台国はヤマトで卑弥呼は日巫女だよ。
つまりギ史倭人伝に出てきた卑弥呼は天照大神のモデルになった人物だと思われる。

256 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:04:53 ID:nuxdKF/80
間をとって岩手でいいよ

257 名前: ◆I.THkUKc4Y :2009/03/25(水) 17:05:07 ID:G163lEAa0
奈良県人だけれど

吉野ヶ里遺跡は倭國王帥升の城郭。
即ち倭面土國(倭米多国・倭目達国)の都です。
吉野ヶ里のピークは西暦100年頃、3世紀には衰退し卑彌呼の都ではありえません。


258 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:05:44 ID:i+AgfY250
>>243
そりゃあ大陸から渡来してきてまず最初は九州に街を作るだろうから・・・地名の由来なんて議論の対象にもならない

259 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:06:13 ID:n8/ygSF20
邪馬台国は西から奈良へ移動した
特殊器台を見れば解る

260 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:06:15 ID:zpeAIHL20
>>252
九州、まとまってないという指摘も

261 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:06:31 ID:9vWCFJ5k0
>>248
畿内説も邪馬台国=大和朝廷にすると、
もともと魏の属国だったって話になるぞ

262 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:07:53 ID:vEDWH0e4O
絶対に動かせない岩肌に「ここは邪馬台国」って彫り込んだのでも見つからない限り、結論なんて出ないと思う。

263 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:08:10 ID:SFSNJJgS0
やっぱり韓国。

【野球/WBC】韓国メディアが批判!「“ダーティーサムライ”」 「イチローは高慢」審判は「誰が見ても」おかしな判定を繰り返した★4
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1237962843/

【WBC】朝鮮日報、中島の2プレーを「非紳士的」と非難 韓国の敗戦よりも大きく報じる★2[03/24]
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1237899960/

【WBC】日本は「ダーティー・サムライ」。 韓国との決勝戦での卑劣プレーに世界が眉をひそめた … 在米コリアン系メディア★4 [03/24]
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1237937547/

【WBC】「運が良い日本」〜たった4カ国だけに勝って優勝?(ノーカットニュース)★4[03/24]
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1237923209/

LAタイムス(ノーマル)
ttp://www.latimes.com/media/photo/2009-03/45754250.jpg

悪意のある韓国ヤフーが中嶋を悪魔化(韓国フィルター)
ttp://img.news.yahoo.co.kr/picture/2009/a4/20090324/20090324131912702a4_132420_0.jpg

264 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:08:49 ID:a4NZFg170
∋oノノハヽ
  川*’ー’) 
  / ,   ヽ    <佐賀涙ふけやよ
 ̄_|,..i'"':, ̄ ̄ ̄ ̄
  |\`、: i'、
  \ \`_',..-i
   \.!_,..-┘

265 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:09:07 ID:sccoHh8i0
>>261
邪馬台国は滅亡したんだから「邪馬台国=大和朝廷」じゃない。
その証拠に記紀に女王国の記載がないでしょ。


266 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:09:57 ID:u6JgF+9C0
>>245
魏志倭人伝の頃の奈良盆地は湖とか湿地帯で人が全然住んでいなかった
だから奈良盆地からは古い時代の遺跡も全然出てこない
つまり九州勢力が大規模に入植開拓する余地があったと思われる

267 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:11:28 ID:3pV3XPej0
>>235
考古学に頼ると、邪馬台国の有った時代、つまり魏志倭人伝の魏王朝AD220~265
と、その直前の後漢時代 AD25~220 の遺物が圧倒的に出土するのは、北九州です。
奈良は、墓の規模こそ大きいけれど、中国と同時代にマッチする遺出物の格と
規模の点で、ショボ過ぎて問題にも成りません。奈良は、北九州勢力の大進出
によるセカンドセンターとしてAD100年代、つまり倭国大乱の時代から開拓され、
北九州勢力よりも農業生産力の点では、九州の故郷を上回る成果を上げて発展
していた(豪族の墓の規模)と見るのが自然でしょう。

268 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:11:41 ID:oKkNPpW20
>>265
邪馬台国=神話の世界と置き換えれば
卑弥呼=天照大神になるかも

269 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:11:56 ID:uWWI7IIC0
>>255
ヒミコの「ヒ」は「光・日」だろうが、
ミコは御子だろう。

卑弥呼に連なる呪術政治が、他国でも行われていたかはしらんが、
御子=かんなぎとなったのは卑弥呼以降では?

270 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:12:56 ID:4jW7iSQB0
>>252
弥生時代から鉄器は流通してたよ。ただほとんどは半島にいた倭人が作った物。
中国や半島の製鉄技術で鋳鉄。

鍛鉄である蹈鞴製鉄が中国地方で開発されるのは6世紀に入ってから。

271 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:13:23 ID:75GtkT6GO
佐賀出身だが九州説はない。
いい加減諦めて未来思考で新しい観光さがせ。
どっちみち吉野ヶ里遺跡なんて行く価値ないし。

272 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:13:28 ID:YkgiF8u10
邪馬台国の起源は(ry

273 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:14:03 ID:i+AgfY250
>>266
だからなんでわざわざ住みにくい奈良を目指したの?わざわざ九州から。他の地域でいいじゃん。
当時の畿内は人口密集で奈良しか選択肢が無かったの?そこがまずおかしいじゃん

274 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:14:10 ID:uWWI7IIC0
>>265
記紀を持ち出すと、アマテラス説が…

275 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:14:20 ID:oKkNPpW20
>>269
日美の子でヒミコかもよ

276 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:14:53 ID:u6JgF+9C0
>>248
天皇を神とする日本書紀に神武東征が書かれてる
日本の皇国史観は日本書紀と神武東征によって成り立ってる
神武東征が無かったとすると日本書紀などは捏造という事になる
皇国史観派ほど神武東征実在説なんだよ

277 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:14:54 ID:xW6mdhZL0
>>265
畿内説は、第10代崇神天皇のおばのモモソ姫こそ
卑弥呼で、箸墓古墳が卑弥呼の墓だって言ってるぞ

278 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:14:54 ID:N/3TH7JUO
イヨはまだ十六だから

279 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:15:36 ID:pqE8zRUiO
間をとって岡山にしとけ

280 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:16:17 ID:G7k6bWfz0
>>252
朝鮮、弁辰の鉄を輸入してることに変わりが無い。3世紀半ばであれば。
5世紀まで、たたらは無理だ。
淡路島の鉄加工場発掘からも、大量の鉄を近畿圏の勢力が輸入、加工してたことは揺るがない。
それを、九州から輸入していたのか、朝鮮から輸入していたのか。

九州勢に流通経費をボラれるくらいなら、畿内、瀬戸内連合でもって直接買い付け。

281 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:16:31 ID:zpeAIHL20
>>277
むしろ、ヒミヲは天皇家のだれでもないのに、後の著者が勝手に天皇家物語に組み込んだ

282 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:16:43 ID:uWWI7IIC0
>>279
邪馬台国は、出雲王朝だったんだよ!!

283 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:16:57 ID:nmRY4FIZ0
邪馬台国はうちの庭先にあったってさ
地縛霊がそう言ってた

284 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:17:32 ID:VW1iv5CQ0
朝鮮と地理的に近い九州はカンベンしてくれ。
ウリナラの飛び地だったニダとか妄言噴出の元。
ぶっちゃけ、畿内よりも東であって欲しいくらいだ。

285 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:18:01 ID:/feUeSeuO
( ´ω` )縄文人の時代には比較的立派な文化があったのに、
なんで文字がなかったんだろうね日本には
文字があればこんな議論起こらないのに

286 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:18:15 ID:sccoHh8i0
>>268>>274
記紀は神話・伝承・史実で構成されてる。
天照は神話で、神武前後の史実あたりで女王国の記載がないという意味。
卑弥呼は神話じゃなくて史実だとみんな思ってるでしょ?違う?


287 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:18:32 ID:it6MlTQM0
>>1
しかし・・・

>若い世代に受け継いでもらうため

と言うのならサイトは開設するんだろうか?

邪馬台国関連でググれば何かとトップに出てくる某「邪馬台国○会」程度の物は
作って欲しいwww




288 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:18:38 ID:0OFUhTM00
魏から貰った金印が福岡で見つかってるのに奈良の筈ないじゃんwww

289 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:19:18 ID:lP6ylbi+0
古代と地形や気候が同じ場所なら
人が住みやすいところは同じ
今、住宅地になってる下に住居跡が眠ってるだろう。

そうでないところで見つかる遺跡は、軍事用や祭祀用が多いんじゃね

290 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:19:34 ID:PM14UOoGO
>>271
小枝探偵が伺いますよ。


291 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:19:34 ID:7g/Q9u390
>>265
日本書紀には、神功皇后の時代に「魏志云」って断って中国との交渉のことを書いてある。
神功皇后=卑弥呼なんじゃネーノ?

292 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:19:51 ID:3pV3XPej0
>>273
弥生時代から既に、大阪湾を埋め立てし、開拓をしていた事が考古学的に確か
められていますよ。何故か分かりません。日本人のゼネコン事業は、今に始
まった事でないのです。

293 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:19:53 ID:BD7h2u7f0
>>273
瀬戸内海を東上すれば自然大阪湾に当たるんだから
不思議じゃないでしょ。
大阪平野はこの頃はまだ内湖だし、旧大和川をさかのぼれば
自然に大和に着く。

294 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:20:44 ID:oKkNPpW20
>>286
卑弥呼は神話じゃなくて史実と言うには証拠が何も無い・・・

295 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:21:07 ID:zpeAIHL20
>>288
それ漢の倭の奴国、ないしは漢の委奴国の印

296 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:21:16 ID:5XCBbgrO0
>>284
逆。
魏志韓伝によると、半島南部も日本の支配が及んでる。
いずれにせよ邪馬台国は魏に朝貢してた属国なんだから、
いやなら東日本独自の遺跡の方に注目したらいい。



297 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:21:29 ID:sccoHh8i0
>>277
俺はその説には反対だけどな。
モモソは女王じゃないからね。

>>291
卑弥呼には亭主がいないわけだが。


298 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:22:15 ID:g4gd6wMX0
>>252
そんな無理やり九州をからめなくても

299 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:22:26 ID:BD7h2u7f0
>>292
いや埋め立ててません(笑)
河内湖はゆっくり淀川と大和川の土砂によって
狭まりましたが、水が抜けたのは江戸時代の大和川
付け替え工事以降です。


300 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:23:23 ID:7g/Q9u390
>>297
神功皇后の活躍は夫の仲哀天皇が亡くなってからだから、別に矛盾してない

301 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:23:45 ID:sccoHh8i0
>>294
魏誌は文献的証拠じゃないの?
魏誌を信じないなら邪馬台国論争自体が無駄なわけだが・・。


302 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:23:54 ID:uWWI7IIC0
>>291
神功皇后説だと、台与は誰よ

記紀における、倭人伝での倭国大乱ってのはどれに当たるんだろうね

303 名前: ◆I.THkUKc4Y :2009/03/25(水) 17:23:59 ID:G163lEAa0
>>280
>朝鮮、弁辰の鉄を輸入してることに変わりが無い。3世紀半ばであれば。
>5世紀まで、たたらは無理だ。

倭人は弁辰の鉄を輸入していたのではない。
倭人は韓人濊人と共に弁辰の地で製鉄していたのだ。
製鉄技術はリモナイトからの製鉄、たたら法ではない。


304 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:24:16 ID:QNFjU1m9P
>>270
中国では鍛鉄ではなく鋳鉄が先行して発達していて、鋳鉄法は少なくとも戦国時代にはあった
(というか、春秋時代を終焉に追い込んだのは、これだと予想されている)

で、単なる鉄器の流通では、さほど意味は無い
重要なのは「製鉄」
武器に使用されるのは炭素含有量が少ない鉄であって、
打撃にもろい炭素含有量の多い銑鉄はいうなれば「ゴミ」なわけ
そして、このゴミの利用という形で、鉄製農具は普及していき、
それが結果として農業生産力を飛躍的に増大させることになった
単なる製品としての鉄器の流通だけでは、こういうことは起きない

305 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:24:38 ID:zpeAIHL20
>>300
ヒミヲの記載が事実ならイヨも居たことにならんか?

306 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:24:48 ID:oKkNPpW20
>>301
文献的証拠だとするならばまず場所をハッキリと書かなきゃ

307 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:25:04 ID:ZKuALRco0
奈良と和歌山には海人族も住んでいたしな
九州の親戚が畿内に呼ばれたんだろう

308 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:25:10 ID:q8MwBhW80
全滅だー!!

309 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:25:44 ID:n11uQ9Ka0

トヨタン・・・・・・・・・・


310 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:26:01 ID:zkHRAVr90



                      沖縄

311 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:26:21 ID:sccoHh8i0
>>300
神功の後、応神では国が乱れて、女王の伊予が即位したとでも?
記紀の記述と合わないよ。


312 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:26:26 ID:it6MlTQM0
中華ね、、、

なんでいきなり九州から畿内大和をめざさにゃならんの?w

関門海峡越えた目と鼻の先、今の山口県にでも侵攻しようよ神武ちゃ〜ん。

当時のスーパーウェポン鉄製武器に身を包んだ最強軍団なら簡単だろ?www


313 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:26:37 ID:g4gd6wMX0
北海道という説を
俺のゴーストがささやく

314 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:27:08 ID:uWWI7IIC0
>>304
鋳鉄は、古代中国のむやみに高度な青銅に比べてダメだったから、
中国でも、「ダメ金属」と呼ばれていたわけだが。

だから、逆に春秋戦国時代まで青銅はもった
世界史的にみれば、異常な長さを持つ青銅器時代だったはず。

315 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:27:51 ID:GXUtGcoZ0
下手に特定すると特亜人が自分たちの地域から
出土した土器埋めて起源を主張しそうだよね。怖い。

316 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:28:34 ID:teMSrso80
邪馬台国論争は、学者の間の派閥論争にもなっているのだよ
畿内説派と北九州説派の二大派閥が、それぞれ議論を続けているが
どっちもそれなりに説得力がある根拠を持っているだけに、なかなか結論が付かないし
ついでに言えば、本人たちも、何百年も続いている論争だけに結論が付くとは思ってはいないでしょう。
学者の世界にも政治的な対立がありますから、学問から外れてイデオロギー闘争になってしまっているのだよ

317 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:29:01 ID:it6MlTQM0
東遷説だと・・・

より実用的な鉄器より威信材の鏡を先に畿内に持ち込んだと言う

アラ不思議!なお話www

318 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:29:40 ID:uWWI7IIC0
>>316
そのために科学的考古学検証があるんでしょう。
江戸時代の論争とは違うのだから。

そういう意味で>>1のやってることは300年くらい時代遅れだ。

319 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:29:57 ID:BD7h2u7f0
>>317
銅鐸のこともたまには思い出して上げてください。

320 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:30:07 ID:6fufqPS10
九州から近畿に移動したんだろう。だから所持品は近畿から出る。
伊都国(福岡)を通過するのは確定しているが、
中国から船で来て、なんで近畿まで歩いていくんだよ?


321 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:31:02 ID:OqJbTTjW0
まぁなんつーか、魏志倭人伝がもっと位置をしっかり書いてないのが悪いんだ!w < 超責任転嫁

322 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:31:08 ID:4jW7iSQB0
>>315
在日が大阪にこだわるのは、邪馬台国=日本の始まり=畿内=日本は朝鮮人が造った
と主張するための壮大な伏線。とかなんとか。

323 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:31:25 ID:g4gd6wMX0
>>312
当時の鉄の武器なんて、竹ヤリや石の鏃でも対抗できそうな気がする
勝敗を分けるのは人口(=農業生産)ではないか
って結局は鉄が大事か

324 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:31:59 ID:teMSrso80
>>300
卑弥呼の年代と、記紀に記された神功皇后の年代、あるいは実在の人物としても考古学的に考えられる彼女の年代はまるで合致しない。
神功皇后が卑弥呼である可能性は低い
それよりも崇神天皇の叔母のヤマトトモモソ姫が卑弥呼である可能性が高い。
記紀の記述には彼女がシャーマンであったとする事を裏付ける記述があり、彼女の墓とされる箸墓は、魏志に書かれた卑弥呼の墓の記述と合致する

325 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:32:30 ID:/R7IP4fn0
>>312
いきなりってほどじゃなく、
途中で大分、福岡、広島、岡山に寄ってるけどね
http://yamatai.cside.com/katudou/image/228-1.gif

326 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:32:40 ID:zFnr+cGE0
諸葛亮が五丈原で死んだことになってるけど、実は生きて日本に渡って
王朝を築いたんだよ。卑弥呼は孔明の嫁。

327 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:32:46 ID:t8oC+mdM0
>>322
大阪っつーより奈良県のナラは、ウリナラのナラとか言うのだろ。

328 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:32:56 ID:sccoHh8i0
>>306
場所は確かに不明なんだけど、
君は卑弥呼の存在まで疑うの?
という話になるけど。


329 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:33:02 ID:7g/Q9u390
>>305
>>311
神功皇后が三韓征伐から帰ってきたら、皇子が反乱を起こしたでしょ。
コレが倭国大乱。
その時の神功皇后は死んだってコトにして、王子たちを欺いて平定したんだから、
そのときに卑弥呼が死んで、トヨが即位したっていう魏志の記述になる

330 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:33:43 ID:NEexk0340
>255
その説が正しいと俺のゴーストがささやく

331 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:33:56 ID:it6MlTQM0
>>323
でもねえ、九州がその豊富な鉄器で農耕を盛んにしたと言うのなら
それは当然人口に繁栄するはずなんだが・・・

弥生時代の人口を推測した物で九州の人口が飛びぬけて多かった
・・・なんてしている物は見たことが無いwww



332 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:34:26 ID:q8MwBhW80
雷火

333 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:35:13 ID:oKkNPpW20
>>328
それを言ったら古事記にある記述は全部ホントになっちゃうよ
証拠が何も出てないのが疑問なんだよねー

334 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:35:41 ID:zFnr+cGE0
やまたいこく
やまたい
〜たい
九州弁だから、九州にあったに違いない。

335 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:35:58 ID:3/O8y97Y0
>>316
和を重視の日本人は、いったん対立すると
人間的にも嫌いになって、相手の主張ことごとく反対になるからな。

アメリカ人みたいに、その部分は認めるとか、激しくやりあったあとに
何事もなかったかのように仲良く談笑するなんてできない。

336 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:36:13 ID:g4gd6wMX0
>>334
その発想はなかったです

337 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:36:30 ID:teMSrso80
>>318
北九州説には、吉野ヶ里遺跡のような、魏志に記述される堀を巡らせる村が発見されている
畿内説には、卑弥呼の墓とされるような巨大古墳が多数ある
どっちも考古学的な根拠があるから、論争は延々と続くのだよ

>>323
銅剣にしても軍隊に使う武器としては充分な数がない。
鉄剣や鉄矛はさらに少ない。
結局、主力の武器は、黒曜石の矢尻とか槍でしょう

338 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:38:00 ID:it6MlTQM0
>>325
いやいや、、神武東征神話のコースを言われてもw



339 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:38:53 ID:4/VwFgBE0
『旧唐書』によれば、日本と倭は別種。
倭人の文化である大麻・入墨・海賊が、後のヤクザの文化であることを考えれば
倭人が大和朝廷の母体と考えるのはナンセンス。

340 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:39:02 ID:uWWI7IIC0
>>329
帥升の王統が途絶えて、未婚の年長者、卑弥呼女王が生まれたんでしょ。
仲哀天皇で王統が断絶したって?

341 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:39:11 ID:IfooseQdO
めんどくさいから瀬戸内海のどこかの島にしておけよ

342 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:39:32 ID:GXUtGcoZ0
騎馬民族制服王朝を信じていたリア小時代が懐かしいわ・・・・・

343 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:39:49 ID:mz8TVvHG0
卑弥呼をヒミコと読んで、日巫女や姫命だという説を良く見るが
「呼」はコだろうか。

他の国の長官の名前は「卑狗」となってて、これはヒコ(彦)だという説も有力。
ならばもし日巫女や姫命でヒミコと言いたければ、「卑弥狗」としたのではないか。

卑弥呼は「ヒミカ」と読むのではないか。
ヒミカ=ヒムカ=日向のことだ。


344 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:40:00 ID:4jW7iSQB0
>>337
まあ今も昔も主力は飛び道具と長物だよな。
でも戦国の合戦でも刀で斬り合ったとか信じてる人が多いんだよな。


345 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:40:50 ID:3wGSdFH60
どうせ証明できないんだからもうどうでもいいよ

346 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:41:08 ID:78SKeXva0
おまえら、神武東征ばかりクローズアップするが

神武一家が九州南部に滞在したのは、神武さんの曽祖父のニニギ命からだ。

ニニギ命は、高天原→高千穂(九州南部)に降臨したんだよ。
で、ニニギ命の曾孫の神武さんが、日向(九州南部)→磐余(畿内)に東征した。
で、神武さんが畿内へやってきた時、すでに畿内には神武さんの親族が待ち構えていた。

ちなみに、高天原って、長い間、京都朝廷の見解では、葛城のこととされ、
日本最古の事典である延喜式では、そういう見解で書かれている。

つまり、神武さん一家は
徳川時代にたとえるのなら、紀州徳川家のような存在であり
和歌山の徳川吉宗が、江戸幕府に征夷大将軍として迎えられる状態。
それが、神武東征。

347 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:41:11 ID:O0SAhySDO
この間歴史ミステリーとかなんとかのテレビで四国の徳島が有望だと言ってたが…

348 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:41:24 ID:3pV3XPej0
同和の多い地域は、古代倭国との関連で栄えた所。九州、出雲、大和。
倭人って同和のルーツなのかな。

349 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:41:28 ID:HROaYQfD0
>>337
三国志魏書などの資料を無視するから議論が成り立つんだよw


350 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:41:31 ID:oKkNPpW20
>>339
それどーやら編集段階で違くなっちゃったらしいぞ
確かにさきたま古墳と地域には国はあったよーだが

351 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:41:55 ID:UHWoZ4Xu0
佐賀は邪魔タイ

352 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:43:07 ID:sccoHh8i0
>>329
だからトヨに該当する人物が神功の後にいないってば。

>>333
いや、だから最初に記紀は神話・伝承・史実で構成されてると書いたんだが。


353 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:44:11 ID:it6MlTQM0
>>344
つうか何故か「戈」って忘れられているよなw

剣に至っては弥生時代通して2〜30cm程度の物が主流で
鉄を連呼する九州説の連中って1m近くの大刀をブンブン振り回していた光景を
思い浮かべてんのかな?w

354 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:44:12 ID:HROaYQfD0
>>339
旧唐書には倭国伝と日本伝が別個にあるね。
けどその内容を読むと、日本が唐に対して対等な態度を取ったため
従来の従順な倭国とは別の勢力かな?と疑ったから併記したことがわかる。



355 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:44:33 ID:Spst/qlp0
>>348
もう何がなんだか分からんくらい前からあるのは、倭人の奴隷として使われてた蝦夷やら大陸人の捕虜などの異民族部落だろ。

356 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:45:14 ID:tCy/nrCcO
佐賀には卑弥呼みたいな神おろし?型の霊能者が多い
そこから調べてはどうだろう

357 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:45:19 ID:7KSFdnUA0
遺物も遺跡も一つも見つかってない。邪馬台国などミケーネ帝国なみに幻の国。
99.9999%存在しない。

358 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:45:24 ID:78SKeXva0
邪馬台国・卑弥呼=ヤマト国・ヤマトトトヒモモソ媛命
邪馬台国・トヨ=ヤマト国・豊鍬入姫命

以上です。

359 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:46:49 ID:g4gd6wMX0
>>339
日本=縄文系
倭=弥生系
ではなかろうか

360 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:47:02 ID:HROaYQfD0
>>357
ヤマタイと読むからわけがわからなくなる。
邪馬台はヤマトだよ。
つまり奈良。


361 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:47:11 ID:zFnr+cGE0
ひめこはメヒコがなまったと言うことも考えられる。
メキシコにあったかもしれないことを考慮されるべきだ。

362 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:47:21 ID:tfuQ6l2W0
>>354
いや日本の使者が「別種だ」と言ったんだろ。
で、今までの倭国のあとを自分たちが引き継いだと主張。

363 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:47:26 ID:xvTyjU/VO
佐賀
面白いわ

吉野ヶ里の観光客減少対策と
正直に言えばいいのに。

364 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:48:45 ID:oKkNPpW20
>>346
天孫降臨したとされる場所は日本で何箇所かあるw
>>352
神話の中には事実もあるだろうが、作り話もあるよね
例えば蓬莱山が東にあるとマルコポーロの時代まで信じられてたし
邪馬台国までの行程を行くと海上になってしまう
これは果たして存在したのかな?

365 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:49:19 ID:4/VwFgBE0
>>348
野中広務の後援会がフジテレビで放映されました。
支持者はカムイ伝から抜け出したような恰好をしていましたが、
その真ん中をぬって登場した野中は『魏志倭人伝』に書いてある通りの
「男子は麻を片肩で留める」コスチュームで登場して、支持者から
「おーーー!」と歓声があがりました。

366 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:49:24 ID:O0SAhySDO
>>356
興味あるなあ そう言う人なんて呼ばれてるの?

367 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:49:31 ID:tmusjAs7O
じゃまたいこく

368 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:49:51 ID:HROaYQfD0
>>362
使者は言ってないだろう。
うわさ話が列挙してある。
つまり推測だと思う。


369 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:50:22 ID:FhxZpP9vO
>>248

九州説は本居宣長に遡る由緒正しい仮説だよ〜。

370 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:51:51 ID:78SKeXva0
大和=ヤマト=山門=三輪山周辺(纏向遺跡)

高天原=葛城

高千穂=九州南部

そういうことです。以上。

あと、日本神話に、縄文人、弥生人の戦いは無い。
最近の考古学では、弥生人は遅くとも、紀元前10世紀には開始されている。
ニニギ命の時代はおよそ紀元前1世紀の後半。
つまり、弥生時代に移行して1000年くらい経過した世界が
日本神話の世界。

371 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:52:31 ID:pqNiku8A0
>>368
「あるいは」は「そして」って意味だよ。

372 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:53:13 ID:sccoHh8i0
>>364
君は邪馬台国は存在しなかったという派?
卑弥呼を神話にしちゃってる派なの?


373 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:54:03 ID:7KSFdnUA0
>>360
邪馬台=大和だとする根拠は?

374 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:54:07 ID:HROaYQfD0
>>369
本居宣長が九州だと言ったのは、中国に朝貢して金印をもらったなんてのが
国学の精神に反してるからだよ。
その内容は、神功皇后の名を語る熊襲の酋長という主張であって
大和朝廷の偽物扱いで、ヤマトとの連続性を否定してるね。


375 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:54:36 ID:oKkNPpW20
>>372
どっち付かず派かな〜
証拠が無いのはマズイだろ

376 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:54:50 ID:u6JgF+9C0
奈良湖
http://www.asahi-net.or.jp/~vm3s-kwkm/edo/narako.jpg

黒い家マークは縄文集落、白は弥生集落
黄色の円マークは古墳類、逆Uマークは銅鐸出土地。
青は古墳時代でも池であったと思われる部分
濃い青は飛鳥時代あたりでも湖であったと思われる部分

奈良盆地は元々は湖で縄文時代・弥生時代は人は住んでなかった
だから九州勢力の開拓入植地になって地名も北九州のコピーが付けられた

377 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:55:35 ID:ZKrJUsXc0
要するに、邪馬台国ってアバロンみたいなもんなのか

378 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:55:41 ID:4/VwFgBE0
>>362
中国人が写実的な倭人は、麻生総理みたいな顔をしていた。
なんというか野中の顔を短くしたような。色も赤黒い。
ああいうのは日本ではマイノリティーの顔だと思う。
一見して別種とわかるのでは?

379 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:55:59 ID:CcLhFhIWO
少なくとも倭人伝に出てくる邪馬台国は九州としか考えように無い。

南方系の風俗、温暖な気候、海と密着した生活、
登場して詳しく紹介されている倭の諸国は北九州のクニばかり。
その北九州の諸国ですら、やっと支配しているという程度の危うい国家体制…

どう考えても九州への旅行記にしか読めない。
倭人伝では九州以東の記述があまりにも薄い。

邪馬台国を畿内にもっていくなら、いっそ倭人伝の記述を否定して
「後漢の頃に北九州のナ国へ金印を持っていった時の旅行記」を引き写しただけで
倭人伝の記述は実際の邪馬台国とは無関係だ、と言い切るくらいしないといけない。
あるいは、使者は北九州までしか来ていなくて、引き返したから九州の様子を倭国の様子としてレポートした、とか。
そのくらい言い切らないと邪馬台国を畿内だと説明できない。

海洋的で南方的な邪馬台国の光景に該当する地域は
北九州が北限。南九州の可能性もある。南方の敵国クナ国ともども邪馬台国は九州島内。
どんなに頑張っても倭人伝の倭国の情景は奈良県の風景じゃない。

380 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:56:05 ID:lhDJu1kM0
四世紀に何があったのかね

381 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:56:21 ID:fOaCUhhgO
本居宣長は、倭の五王はどう扱っていたのかいつも気になる
スルーしてたんだろか

382 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:56:39 ID:g4gd6wMX0
思うに、記紀などの神話って+のコピペみたいなもので、
「それ俺も確かに見た(聞いた)」的に広まった都市伝説と、
言ったもん勝ち的な捏造と、
うろ覚えの集大成なのではなかろうか

383 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:56:40 ID:78SKeXva0
>>364
天孫降臨した場所は高千穂だけ。
天孫降臨する前の高天原は、日本各地に伝承地があるが
その殆どが割りと新しい時代に誕生した伝承。
古い文献や、朝廷の公式見解や、延喜式によって式内社に指定されたものは
高天原関連は、葛城=高天原ということになっている。


384 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:57:02 ID:HROaYQfD0
>>373
新井白石は「ヤマト」と読んでる。
隋書には「魏書にある邪馬台はヤマトだ」と書いてる。
魏書のルートだと九州であるハズがない。

遺跡でもヤマトの巻向の規模を超える遺跡、
あるいは7万戸クラスの大規模遺跡が九州にはない。


385 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:57:35 ID:sgdpvuhk0
どこにあったかわからないからこそ、浪漫があるんじゃねえかw

386 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:58:14 ID:CcLhFhIWO
邪馬台国畿内説支持者は今すぐ倭人伝を窓から投げ捨てるべきだ。

海洋的で南方的な倭人伝の記述はどうみても九州。
倭人伝の邪馬台国が海ナシの奈良県だって?悪い冗談だろ。

邪馬台国畿内説を成立させるならば

1三国志の著者陳寿がズボラかまして後漢時代の九州ナ国への旅行記を邪馬台国旅行記としてコピペした

2使者である張政がズボラかまして北九州のナ国あたりでお茶を濁して邪馬台国まで行かず引き上げた

3北九州のナ国近辺のクニが勝手に日本代表としてヤマトと名乗って外交してた

4敵国である呉に「南方のクニまで服属した」とアピールするため示威行為として邪馬台国を南国にみせかけた

5朝鮮のように占領されるのを恐れて邪馬台国政府が首都の位置を北九州だと偽った


このくらい言ってのけて倭人伝を全否定するべき。

重ねて言うが、
邪馬台国畿内説支持者は今すぐ倭人伝を窓から投げ捨てるべきだ。

387 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:58:20 ID:sccoHh8i0
>>374
大和との連続性を否定するほうがすっきりするけどなぁ。
神武が魏志でいうクナ国の王で邪馬台国が併呑された。
ただしどちらも畿内にあったと。

>>375
だから噛み合わないのか。
存在だけは認めたところからでないと議論が出発しないだろうに。


388 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:59:41 ID:KFhPZg2nO
江戸時代の書き写し原文じゃなくて本物の原文読め

邪馬台国の「台」の字なんてないしどう考えてもタイやトとは読めない

389 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 17:59:51 ID:fpL0NOv90
元々東大史学と京大史学の喧嘩にすぎんぞ、この話。
一般市民も参加するのか?

390 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:00:06 ID:ck2ej0Ij0
>>1
>事務局長の関家敏正さん(佐賀市)は「吉野ケ里が邪馬台国だということを検証し、
>若い世代に受け継いでもらうため会を立ち上げる」と期待する。

押し付けがましい。

若い世代は若い世代の考えがあるはず。
それを汲み取って会の運営に反映させることも必要。

391 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:00:26 ID:fOaCUhhgO
宇佐神宮と箸墓を掘ったら
どっちかから親魏倭王の印授が出てくる予感

出てきた方が勝ちでいいだろ

392 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:00:37 ID:OqJbTTjW0
>>384
どっちにしても、魏書のルートだと太平洋上じゃんw

393 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:00:40 ID:78SKeXva0
倭王武(雄略天皇)の文でも
神武東征を思わせるような記述は無い。

あれでは、王朝の発祥地は畿内で
そこから西国や東国を平定し
やがて渡海して朝鮮半島を影響下においたとしか思えない。

でも、神武東征が嘘かというと、そうとは思えない。
おそらく、王朝が初めて日本全土を統一したのは、神武よりも前だ。
出雲国譲りは、ニニギ命や神武東征よりも前の出来事としている。

394 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:01:15 ID:qmQYXTsf0
佐賀城のそばにある小学校の制服カワイイねグヘヘ

395 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:01:49 ID:HROaYQfD0
>>392
大事なことは九州から邪馬台国に行くには相当な距離を船でいくこと。


396 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:02:40 ID:TbqTKatoO
>敵国である呉に

なんとなく恋姫無双の卑弥呼を思い出して
嫌な気持ちになりました

397 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:02:52 ID:oKkNPpW20
>>383
鹿児島の霧島神宮もそー言われてるし、四国のどっかもあったぞ
>>387
逆にナイって議論も出来るよ

398 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:03:31 ID:78SKeXva0
京大=畿内説、東大=九州説
は昔の話。

今では、京大、東大ともに
畿内説。

399 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:03:54 ID:6fRZWsrn0
おエラい学者さんたちの政治抗争なんだろ、この問題?

ちゃんと研究してくれよ。

400 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:03:58 ID:it6MlTQM0
>>386
そもそも本当に日本なのか?
海南島あたりの習俗とごちゃ混ぜになっていないのか?
・・・と言う疑問はあるが

別に倭人伝の風俗記事が郡使が常駐していたであろう
九州を書いていとしても畿内説には何ら問題なしw

畿内説は「広域な首長連合」を想定しているのをまさか知らないのか?




401 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:04:26 ID:7KSFdnUA0
>>384
魏志倭人伝に記された邪馬台国と現実の大和は全く別物だろ。
だいたい魏志倭人伝は子供の日記並みに情報量が少ないんだよ。
九州に邪馬台国が存在できないからって大和=邪馬台にならんぞ。

402 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:04:43 ID:BKVoD/V8O
>>391
親魏倭王の印授だけでは弱い

以前、石器を捏造するのもいたからな。

403 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:05:22 ID:fOaCUhhgO
畿内に邪馬台国株式会社があって、国譲りとかで出雲有限会社なんかをいじめてた
んで、畿内から九州に単身赴任してた神武が
どげんかせんといかん!と美々津から出航、畿内へ
色々あったけど、畿内の本社を倒して、新規会社を立ち上げ

こんな感じなんじゃね

404 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:06:04 ID:OqJbTTjW0
>>395
だがしかし、距離的には畿内には届かない
距離だけで考えると、中国地方か四国地方になるね

405 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:06:50 ID:WUN/e68lO
ニューギニアあたりかも

406 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:07:04 ID:fpL0NOv90
中国人が、山を指差して、「あなたの国はあの山の向こうですか?」と九州人に訊いたんだ。
九州人には、中国語が分からない。それで、指差す方向を見て「山たい」と答えた。
中国人は、九州に邪馬台国があると覚えたんだ。

407 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:08:02 ID:HROaYQfD0
>>401
邪馬台国が九州にあって女王がいて中国の史書に書かれるような相当な勢力だったら、
じゃあ、九州の遺跡よりはるかに大きい奈良の巻向遺跡は何の遺跡なの?ってことになるだろ。
宇宙人が作ったオーパーツ?w


408 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:08:13 ID:78SKeXva0
>>399
学閥抗争があったのは、昔の話。

今では、邪馬台国=ヤマト国をとなえる学者は100%近い。
九州大学ですら、殆どが畿内説。

だから>>1のように、学会で少数派の先生が
在野の九州説論者や、九州の地方公共団体を巻き込んで
必死になっている。

409 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:08:15 ID:+fcx8PVG0
なんだかこれだけ騒ぐのを見てると朝鮮臭がぷんぷんしてくるな
そんなに昔の国があったところがここだと言いたがるのはなんでだよ?



410 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:08:40 ID:YqYdMSnV0
俺の妄想。

邪馬台国は九州。
大和朝廷は畿内。

もともと古代の日本は大陸との窓口である九州の邪馬台国を中心としていたが、
卑弥呼がいたとされる時代に大きい内乱や政変(日本自立派と大陸冊封派など)がおき、逆に邪馬台国側が大和朝廷側に吸収されたと見る。
それ以降、旧邪馬台国近辺が大和朝廷の外交窓口の大宰府になる。

神武帝の東征神話は事実で、もともと邪馬台国勢力の一部だった宮崎から東征した邪馬台国東征軍(宮崎勢)の将官だったのではないか。
東征して畿内に勢力を拡大した旧東征軍(宮崎勢)が大和朝廷の前身。

411 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:10:15 ID:HROaYQfD0
>>404
あの行程が事実なら畿内すらオーバーすると思うけどなw


412 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:10:30 ID:jO+uCRdJO
>>407
ゴッドハンドの捏造

413 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:11:44 ID:uWWI7IIC0
まず、後漢書東夷列伝における倭国大乱は、桓帝・霊帝の時代(2世紀)
記紀における2世紀は、丁度、景行・成務・仲哀と実在が怪しい天皇の時代。
崩年干支を考えても、開化天皇までの欠史八代の時代になる。

どちらにせよ、大和が揺らいだことはあったのかもしれない。

ただ、それを女王を据えることで治まった、という記述が謎。
邪馬台国が大和であるという説を信じるなら、人選的に神功皇后しかないのだが、
弟の存在や壹与の存在が謎。

熊襲の女王か日女命かはしらんが、大和王朝とは違う勢力の話と考える。

倭国大乱は確かに倭全体を揺るがす内戦だったとして、
女王で静まったのは、女王国のみ。
出雲や大和は別の勢力ではないのかと。

414 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:13:48 ID:sccoHh8i0
行程が「里」以外の表記は倭人から聞いた話で、
魏の使者は実際に邪馬台国に行ってないだろ。
九州にあったのなら無理してでも行くんじゃないかな。


415 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:13:53 ID:pS6v6EJg0
>>398
朝鮮勢力にまるめこまれてるんじゃないの?
学会も。

民主党みたいに。





416 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:13:55 ID:oKkNPpW20
>>407
見つかってないだけ
遺跡の大きさを言ったら古墳ではさきたま古墳が日本最大

417 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:14:22 ID:HROaYQfD0
>>413
神功皇后は後世の創作だろ。

卑弥呼は斎王だと思うよ。
孝霊天皇の娘というのもあると思うな。


418 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:14:31 ID:7KSFdnUA0
>>401
魏志倭人伝に記されている邪馬台国と現実に存在した大和は違うと言っている。
なぜ魏志倭人伝の邪馬台国は大和のことだ解釈しなければならないんだ。
シナ王朝が稚拙な調査から作り上げたゴッシプが魏志倭人伝の記述なんだ。

419 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:16:02 ID:HaAUmb3Z0
卑弥呼が日巫女とか姫巫女という役職名またはシャーマンの総称なのであれば
台与が跡を継いだときに「卑弥呼になった」という記述があってもよいかと
よって卑弥呼は個人名だと思います

420 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:16:03 ID:pS6v6EJg0
文献もないわけだし、
どうして畿内説が有力なのか根拠がないよね。
ただ畿内説にしたいだけでしょ?

証拠をだせ。


421 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:16:04 ID:zpeAIHL20
>>391
日本有数の家系の長さを誇る、

出雲国造家の千家・北島の両家
阿蘇神社の大宮司である阿蘇家
宇佐神宮の大宮司である宮成・到津の両家
隠岐国造家であった億岐家
籠神社の宮司である海部家
熱田神宮の大宮司である千秋家
住吉大社の宮司である津守家
諏訪大社の大祝である諏訪家
日前神宮・國懸神宮の紀家

この辺の家宝だのご神体だのを穿り返したらなんか手がかり出てくるかもなw

422 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:17:03 ID:HROaYQfD0
>>420
??
九州の根拠がないわけだが。
資料も遺跡も畿内であることを物語ってる。


423 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:18:13 ID:pS6v6EJg0
>>420
資料って何?遺跡がどうして卑弥呼のものだとわかるの?
希望的観測にすぎないでしょ。

朝鮮人特有の。



424 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:18:24 ID:WUN/e68lO
顔に入れ墨とか
あんまり日本っぽくないんだよね

425 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:18:34 ID:u6JgF+9C0
巻向古墳の年代は100年くらい古く捏造されてるというのが常識だから
もう卑弥呼とは全然時代が違うし問題外
畿内説言ってる糞学者どもいい加減にしろ

426 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:18:52 ID:sccoHh8i0
>>417
じゃあ、応神は誰から生まれたのかと・・。


427 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:19:28 ID:fOaCUhhgO
>>421
出雲の宮司は、元々天皇家から出てるんだっけか
なんかあるよねw
でっかい礎石が出てきて話題になったけど
絶対あんなもんじゃ済まないはず

428 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:19:30 ID:BD7h2u7f0
>>424
琉球にはあるだろ

429 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:19:35 ID:g4gd6wMX0
>>418
後漢書東夷伝だかの金印が発見されているのだから、
昔のシナの書物も馬鹿にできないのではないか

430 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:20:02 ID:9zPiV96S0
邪馬台国はなかったという前提はないの?
魏の陳とかいう使者は
その先の山賊を恐れて、那(博多)までしか来てない
それから先の旅程がとたんにアヤフヤになってしまっているのが
何よりのその証拠

本当は那の国でのんべんだらりと時間ツブシやって
那の豪族とお土産のやりとりして、適当に聞いた話を報告したのが
魏志倭人伝になった
みたいな話だと面白いだろな


431 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:20:35 ID:oKkNPpW20
>>424
刺青は東南アジア発祥とも言われてて
海難事故防止とも言われてるよ
縄文時代などは刺青当たり前

432 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:20:49 ID:78SKeXva0
卑弥呼=ヤマトトトヒモモソ媛命(孝霊天皇皇女、崇神天皇の父方の大叔母)
トヨ=豊鍬入姫命(崇神天皇皇女)

倭国大乱時期(孝昭天皇〜孝元天皇の4代の天皇の時期)

古代の日本では、祭祀王と世俗王に別れていた。
身分的には、祭祀王>世俗王 だったが、実権は、世俗王が握っていた。

神武天皇〜開化天皇までは、世俗王だが、祭祀王ではなく
祭祀王の座には、熱田社の尾張氏の先祖が握っていた。
それが、神武皇統が孝昭天皇の時に、彼の妻が尾張氏の先祖の一族の娘であり
その間に生まれた子供に祭祀王の座も継がせようとした。
そこで、倭国大乱が発生し、ヤマトトトヒモモソ媛命に祭祀王の座を継がせて、乱を集結させた。

ヤマトトトヒモモソ媛命の死後は、豊鍬入姫命が祭祀王が継いだが
最終的には、世俗王だった崇神天皇が祭祀王の両方を兼ねることになった。

433 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:20:49 ID:BD7h2u7f0
>>429
少なくとも信頼度の点では記紀より数段上

434 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:21:30 ID:it6MlTQM0
>>424
そんな事言ったら抜歯なんかどうなんだよ?w

435 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:21:51 ID:BD7h2u7f0
>>432
尾張氏は物部氏の子孫と言われてるよね。

436 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:22:50 ID:fOaCUhhgO
>>402
印授は一応決まりがあるから、捏造はムズい気もする
更に金を手に入れ、細工するのも厳しいだろし
いくらゴッドハンドでも無理ぽくね


437 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:23:49 ID:uWWI7IIC0
>>430
実際、それも説としてはあるだろう。
不弥国でとどまって、そこからは伝承や風説を記したとね。

最初の魏志が狂ってたら、その後の後漢書もコピペだから狂ってくる。

でも、それが立証されることはないので、
遺跡をあらかた掘りつくした後に、それしかないなと結論付けるわけだな。

それなら、南方諸島説だって現実的だ

438 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:23:56 ID:pS6v6EJg0
>>423

422ね。
畿内説が正しくて九州説が間違いと断定する根拠は何?
文献もないのに、邪馬台国以後200年くらいの間、日本に関する文献ってないんじゃなかった?
考古学でどうやってそれが邪馬台国の建築物であったかどうかって証明できるの?

できるわけねー。



439 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:24:15 ID:oKkNPpW20
>>436
5世紀後半に埼玉に大国があって金の王冠や金の靴を履いてたよ

440 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:24:31 ID:ihBQV/Gd0
>>426
応神天皇のお母さん

441 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:24:48 ID:78SKeXva0
>>435
違う違う。
一応、尾張氏と物部氏は違う家系とされている。
まあ、仮に同じ家系だったとしても
ご本家は尾張氏のほう。
物部氏は、尾張氏よりも格下。

442 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:24:58 ID:x750P8k00
一万歩くらい譲って邪馬台国が九州に有ったとしても吉野ケ里遺跡はムリだろ。卑弥呼の「径百予歩」の塚は
どうすんのかな?地域振興で税金を吉野ケ里遺跡関係の土木工事にでも使うのか、と。
奥野先生も「石器捏造事件」の時は颯爽として正義の味方だったんだがなあ、どうしちゃったんだか。

443 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:25:41 ID:HROaYQfD0
>>438
資料と遺跡の整合性。


444 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:26:11 ID:otLnSJ7v0
どこにあったかを議論する前にタイムマシーン作った方が早くね?

445 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:26:31 ID:pS6v6EJg0
>>443
その資料って何だよ。ないでしょ。そんなもん。


446 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:26:44 ID:7KSFdnUA0
>>429
金印は九州北岸の畑の中から江戸時代に出土したものであって、誰かの墳墓から出てきたものではないんだ。
つまり、仮に金印が実物だったとしても、シナの使者が金印を運んできたことは事実だが、
受け取る者がいたのか、いたとしたら誰が受け取ったのか定かじゃない。

447 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:28:09 ID:HROaYQfD0
>>445
三国志魏書。
これがあるから邪馬台国の議論になってるわけで・・・


448 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:28:39 ID:uWWI7IIC0
>>432
吉備津彦命が国を乱した弟?
伊予は宗女とされてるんだけど、豊鍬入姫命はおかしくないか?

449 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:28:49 ID:YqYdMSnV0
>>424
もともと日本人のルーツは?といえば、
北から南から、いろんなところから渡来してきた人種のハイブリッド。

古代では、そういう人らが別々に生活集落を作って生活してて、多数あった。
それが大きくなるにつれ、それぞれが国としての体裁を持つようになったんではないかと。

そして、日本という1つの国ができる過程では、多くの小国が消化吸収されて同化していったんじゃまいかと。

450 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:28:51 ID:g4gd6wMX0
>>444
そんなもん作れるのなら
歴史なんて変え放題だから、邪馬台国も何も意味が無くなる
古代日本は未来人の観光施設や別荘だらけになるであろう

451 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:29:38 ID:s1lNt/WU0
箸墓古墳が魏志倭人伝の時代にビッタリ合っちゃうんだよな

452 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:30:23 ID:nuuESahd0
>>447
三国志魏書の記述を見る限り、どう読んでもあれは九州の風俗で、
倭国が畿内にあったとは思えないんだが……。

453 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:30:36 ID:aXd6R7o+0
>>386

悪いけど、まっとうな学者は魏志倭人伝をとっくに窓から投げ捨ててるよ。

魏志倭人伝の邪馬台国の時代の3世紀に、
畿内では吉備・丹波・東海による広域連合が生まれていたことがすでにわかってる。
それは、後の大和朝廷へと直結している。

畿内で生まれた王権が邪馬台国であるかもしれないし、
もし、邪馬台国が九州なら、4世紀以後に畿内の大和王権に征服されたということだし。
もはや、どちらでもかまわないこと。
どっちでも可能性があるんだし、どちらかに決める必要なんて学問上必要無い。

九州説だけが、かたくなに、邪馬台国は九州だと主張してるが、
それはもはや学問じゃない。
東遷説の酷さは言うに及ばず。
九州説の論拠として引用してるはずの魏志倭人伝には「東遷した」とは書いて無いのに、
勝手に東遷したと言ってるわけだからな。




454 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:30:53 ID:Xg+lye9G0
マクモニーグルは卑弥呼は山口県出身だっていってたよ。


455 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:33:08 ID:PcvJqKDu0
普通の頭で考えたらヤマトは畿内だな

456 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:33:28 ID:fOaCUhhgO
佐賀平野は結構広いから、稲作やるには結構いい感じ
吉野ヶ里も平野の中にぽつんとあるし
ただ、水利技術が無いと大規模稲作は無理かな

457 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:33:33 ID:sCpF223p0
天孫降臨って呉人あたりが黒潮にでも乗って大陸から流れ着いてきたのかね

458 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:33:48 ID:TbqTKatoO
広域連合が存在したことを証明する文献とかあるの?

459 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:34:32 ID:nuuESahd0
>>451
箸墓から出て来た鐙はどう説明する? 当時の倭国では馬を使う習慣は
なかったようだが(by魏志倭人伝)。

>>453
だったら、「邪馬台国は畿内だった。絶対に九州ではない」と言う発言は
ナンセンス極まりないな。何故なら、魏志倭人伝は全く信用できないんだ
から。それとも、邪馬台国と言う国があった、と言う部分だけは信用でき
ると言う根拠でもあるのか?

460 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:34:57 ID:HROaYQfD0
>>452
当時の九州の風俗を他で検証できるものがないだろ?

三国志魏書によって邪馬台国の存在が確認でき
その行程が確認できる。
その行程からだと九州ではありえない。
その行程が信用できないというなら
邪馬台国の存在も信用できないとなる。

そんなもんだよ。


461 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:35:34 ID:YSMcQrSN0
神武天皇は戦争は雑魚だけど戦略は見事だよね。

462 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:35:54 ID:4p5sRyXjO
>>455
そりゃヤマトは畿内以外にないでしょ。

463 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:36:43 ID:aXd6R7o+0
>>459
>だったら、「邪馬台国は畿内だった。絶対に九州ではない」と言う発言は
ナンセンス極まりないな。

もちろんどうだよ。

だから、九州説を採るなら、4世紀以後に畿内の大和王権に征服されたということを
きちんと認めるべきなんだよ。

それができるなら、九州説は成立するよ。

464 名前:(´-`).。oO ◆abcDBRIxrA :2009/03/25(水) 18:37:49 ID:8vd1/guY0
>>460
冬でも野菜を生で食ったり、裸足で歩けるのは、九州かと。
畿内は、かなり寒い。


465 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:37:50 ID:nuuESahd0
>>460
だったら、無限ループになるが、畿内の風俗を検証できるものも
他にはないわな。で、

三国志魏書によって邪馬台国の存在が確認でき
その行程が確認できる。
その行程からだと畿内もありえない。

と言う事になる。

466 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:38:11 ID:6fRZWsrn0
神話との整合性とかは、どう考えられてんのかね?

467 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:38:11 ID:lFEMiMKlP
邪馬台国がどことかわからんけど
常識的に考えて古代日本は朝鮮の植民地だったろ
朝鮮の戦争に借り出されるくらいなんだから

468 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:38:13 ID:uWWI7IIC0
>>460
ちょっと確認だが
行程計算のとき、一里をいくつと計算してる?
漢書ベースの400mと、魏・晋時代の一里300歩(76m)といろいろあるんだが。

469 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:39:22 ID:MfoIau0E0
>>386
>倭人伝の邪馬台国が海ナシの奈良県だって?悪い冗談だろ。

邪馬台国に海があるなんて、一言も書いてませんが何か?

470 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:39:37 ID:g4gd6wMX0
>>467
そうだ、韓国に謝罪と賠償を請求しよう

471 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:40:02 ID:nuuESahd0
>>463
>>だから、九州説を採るなら、4世紀以後に畿内の大和王権に征服されたということを
>>きちんと認めるべきなんだよ。

何を今更。あくまでも私見だが、それ以外にあり得ない。

472 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:40:23 ID:EMGHD2OPO
♪いまにみていろ 邪魔大王国 全滅だ!
走れ バンバンバンバン
走れ バンバンバンバン
ビックシューター 風より速い

473 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:40:27 ID:uWWI7IIC0
>>467
逆に、昔は朝鮮南部も含めて「倭」だったんだよ

474 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:41:04 ID:HROaYQfD0
>>465
畿内には三国志魏書の記載に匹敵する遺跡があるんだわ。
行程でも九州から船と陸路で行くという条件に合うんだわ。
それに当時の畿内では三国志魏書にある風俗はないと証明する方法もないわけでね。


475 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:41:11 ID:BD7h2u7f0
>>441
なんでやねん。
物部は八十物部と言って畿内の古い神社は全部
スサノオ直系の物部だぞ。
尾張こそ傍系の子孫。

476 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:41:25 ID:S1g7SxCV0
魏 と 倭 と 邪馬台国 そして、日ノ本、を順序よく誰か説明してほしい。 

477 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:42:03 ID:0I8PsV/kO
青森県で卑弥呼の墓が発見

478 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:43:01 ID:lFEMiMKlP
>>473
朝鮮南部に属してたんじゃないの
植民地として

479 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:43:36 ID:g4gd6wMX0
>>477
卑弥呼=キリストですね

480 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:43:38 ID:CosM0gXZ0

>「邪馬台国を考える会」(仮称)
「邪馬台国を考える会@佐賀派」(仮称)にしとけ

481 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:43:41 ID:HROaYQfD0
>>468
行程記載で大事なことは正確な距離よりも、行く方法と「距離感」な。
当時の技術で正確な距離を測るなんて無理だから。


482 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:43:42 ID:LmkhuD/oO
どう見ても歴史事実の追究より現実的な利害や政治的思惑で動いてるからな。
そもそも信用されないだろう。
邪馬台国云々より地道に地域の考古学調査を進めていく方が、結果的にも上手くいくと思うが。

483 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:44:46 ID:x750P8k00
いっひっひ、いやーもう馬鹿ん国が何言おうと気にならんわ ははは。
あのピッチャーマウンドに早々と刺した国旗は国辱の歴史として教科書に掲載しておきな。
あーはっは あー気持いいーっ!

484 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:45:18 ID:aXd6R7o+0
日本神話では、神武東征は、紀元前のこととされてる。
一応、史実として年代を再検討すれば、神武東征は1世紀頃になる。

ちょうどその頃、瀬戸内海では高地性集落などができ、
九州からの侵攻を防御していた様子がわかってる。
神武東征神話は、考古学的事実とも一致する。

そして、神武が畿内に移住してクニをつくり王になった。
それが現在まで続く大和王権だよ。
すでに、2〜3世紀には畿内に大和王権が出来、日本神話もそのことを伝えている。

邪馬台国が九州なら、畿内とは別に九州に邪馬台国があったんだろう。
しかし、そのあと、九州は大和王権に平定されている。
日本書紀にそのことが書かれてるよ。

つまり、九州の邪馬台国は、大和王権によって滅んだんだよ。
(邪馬台国が九州にあったとするならば)


485 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:45:29 ID:nuuESahd0
>>474
で、その遺跡とやらは、古墳時代の物を無理矢理弥生時代にずらした物ばかり、
と言う事だわな。

で、どうして北九州から南へ船と徒歩で向かったら畿内になるのかな。

486 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:45:46 ID:HP9uM6zT0
古来より栃木県が所在したとされる位置について絶え間ない議論が交わされてきた。
現在の学会における有力説は以下の2説である。
1つは北関東説、もう1つは畿内説である。
90年代には、さらに北九州説も存在したが、偽装が発覚して以後は急速に支持者を失った。

487 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:46:19 ID:9JRO3UK60
天皇陵を発掘したら謎が解けないかな?

488 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:47:18 ID:HROaYQfD0
>>485
日本史学会の捏造を主張するのか?
それはちょっと反論しかねるw

巻向に匹敵する遺跡が沖縄や台湾から出てくるならそれでもいいよ。
確実なことは九州ではないってこと。


489 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:47:31 ID:g4gd6wMX0
>>484
どうしても九州人が日本の中核を作ったことにしたいらしいな

明治政府は薩摩が作ったんだから、そこで満足しとくべきだろ常考

490 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:48:12 ID:UTt/+CUk0
邪馬臺國は日本、邪馬壹國が倭

491 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:48:16 ID:HP9uM6zT0
キーワード:ゴッドハンド

抽出レス数:2

492 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:48:50 ID:4/VwFgBE0
倭が最初に登場するのは、燕(北京のあたり)の少数民族としてです。

493 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:49:15 ID:oKkNPpW20
>>487
それやっちゃうと謎がもっと出てきてマズイんだよw

494 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:49:24 ID:0I8PsV/kO
>>486
炭化した餃子が発掘されたことが決定打だったらしい

495 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:49:55 ID:zpeAIHL20
>>478
新羅建国したの倭人

496 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:50:29 ID:6jxEI2KgO
三世紀頃の倭の広域連合は、記紀からも魏志倭人伝からも、考古学からも確認できる。

497 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:50:58 ID:uWWI7IIC0
>>481
それをいうと、陸行はともかく、水行のくだりでまったく行程の議論は意味をなさなくなってくる。
当時の水運技術は正確にわかってないんだろう? 気候によっても変わってくるしね。

498 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:50:58 ID:HaAUmb3Z0
九州にあった伊都国には一大卒(いだいそつ)という怖い御方が居たそうで
彼は諸国を監視するのが役目で、女王国が派遣したお人です
伊都国は郡使(使者)の滞在する場所になっており王もいました
現在の大宰府もその昔同じような機能をしており迎賓館にもなっていた。
ちなみに大宰府の長官は大宰帥(だざいのそつ)と呼ばれていて大和朝廷から
派遣されていたお役人です

499 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:52:14 ID:HP9uM6zT0
安彦良和さんの本を読んだ時は驚いたずら。

500 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:52:24 ID:lFEMiMKlP
>>495
で?

501 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:53:09 ID:uWWI7IIC0
>>484
邪馬台国=熊襲説?

502 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:53:31 ID:oKkNPpW20
>>492
今でも居るけど、確か字が違うんじゃなかったっけ?
村の入口に鳥居のような門を作ったりしてるから
日本人のルーツとしてる人も居るけど

503 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:53:34 ID:UBQMNsRd0
AC2の日本なんて小国家が分裂して存在していたんだろ?
だから九州にも関西にも邪馬台国みたいなものが存在していたとしてもおかしくはない

ただ関西に邪馬台国が存在していたとすれば、邪馬台国が日本制圧したということに
なるから、その後の歴史に矛盾が生じるわけで。

ということで、邪馬台国は九州に存在した「小国家」に1票だな


504 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:53:51 ID:TbqTKatoO
>>486
関東人「栃木(笑)は関西でしょう」
関西人「いやいや九州でしょう」
九州人「勘弁してくださいよ、関東でいいですよ」


505 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:53:59 ID:nuuESahd0
>>488
ま、ゴッドハンドの例もある事だし、俺は畿内説の遺跡の年代は信用していない。
AMS法による今後の研究成果に期待するよwww

506 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:54:03 ID:HROaYQfD0
>>497
確実なことは船を使って相当な日数がかかって
陸にあがって相当な日数がかかるってこと。

オレは北九州から日本海を移動して出雲を経由して
丹波からヤマトに下ったと思うな。
瀬戸内海という説もあるけどね。
これは推測。


507 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:54:39 ID:RqMugbOf0
九州にあったことにすると、
日本人はニダってことになるから
その説は辞めようよ

という結論だったはず

508 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:55:13 ID:RZfaDgOr0
>>498
大宰府=大卒府?

509 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:55:13 ID:Qq9V0pew0
邪馬台国←なぜこいつをヤマタイコクと読むのか
普通に考えて奈良県だろう

510 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:55:22 ID:zpeAIHL20
>>500
朝鮮南部は倭人の勢力圏

511 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:55:28 ID:6jxEI2KgO
魏志倭人伝の構成は主に二つ。前半の地理風土、後半の女王国のレポート。
前半には古い漢字の用法があるとのことなので、金印の奴国王の頃のレポートを引用した可能性もある。
この場合、風土風俗が九州のみでも問題ない。

512 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:56:06 ID:oKkNPpW20
>>509
邪馬台国をヤマタイコクと読むのが正解ではないぞ

513 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:56:09 ID:O0SAhySDO
これじゃないか

別府から船に乗って八幡浜で降りて、松山から吉野川を下って、
鳴門海峡を渡れば淡路島につく。徳島からは直接和歌山に渡る
こともできる。そこから紀ノ川沿いを進めば奈良盆地に出る。
これが神武東遷のルートだ!

514 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:56:59 ID:HaAUmb3Z0
>>508
いいえ、機能が似ている
ただそれだけの話ですハイ

515 名前:(´-`).。oO ◆abcDBRIxrA :2009/03/25(水) 18:57:26 ID:8vd1/guY0

卑弥呼の墓は、九州の宇佐神宮の下にある。
ちなみに豊前と豊後をあわせた領域が、2代目女王・トヨ(豊)の支配地域。
         ∧_∧
       ⊂(・∀・)つ-、<これ豆知識な。
     ///   /_/:::::/    
     |:::|/⊂ヽノ|:::| /」
   / ̄ ̄旦 ̄ ̄ ̄/|
 /______/ | |
 | |-----------| |

516 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:58:11 ID:uWWI7IIC0
>>506
それをいうなら、太平洋でしょう。
南に出航してるのに、日本海は移動しない。

紀伊についたか尾張についたかは知らんけど、その後歩いてヤマトじゃない?
それをいうと、四国が一番しっくりくる。

でも、四国には邪馬台国に足る遺跡はないんだよな

517 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:58:52 ID:zpeAIHL20
>>515
それでいいよ。
豊葦原中津国もそこでおk

518 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 18:59:05 ID:HP9uM6zT0
邪馬台国もいいけど、先に福井県の場所を特定してからだろ、常識的に考えて。

519 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:00:24 ID:uWWI7IIC0
>>518
福井県なんて後世の創作だろ?
おまい、栃木が実在したとか思ってるトンデモだろ

520 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:01:14 ID:o29NXnUxO
>>518
福井県ってどこにあったの?


521 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:02:03 ID:oZiKNqsW0
なんとか天皇が、九州みたいな端っこじゃ
日本全体を収められないぜって、ど真ん中の近畿に行ったらしい

522 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:02:49 ID:RCEF66M60

ていうか、畿内はありえないだろ。

魏からの援軍がはるばる歩いてくるのにどんだけの時間がかかるんだよww

523 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:03:16 ID:aRXwPolSO
なんで2ちゃんでは、九州説が有力なの?
嫌韓感情を考えれば、畿内説が有力だと思ってたが。
嫌韓<<嫌関西なのか?
それとも九州人の人口が多いのか?
考古学会では、もうほとんどが畿内説に傾いているのに。
これが最大のミステリーだよ。

524 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:03:55 ID:g4gd6wMX0
>>520
福井県は東大・京大とも東北に比定する学説が有力です
地図帳などは未だに古い中部地方説によっていますが、困ったものです

525 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:04:20 ID:uWWI7IIC0
>>523
その考古学会では、ヤマト王朝=邪馬台国なのかい?

526 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:05:31 ID:it6MlTQM0
>>523

とにかく反抗したいお年頃

要は中二病ってやつでは?www



527 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:07:20 ID:RZfaDgOr0
福井の存在を信じている奴は戦前の皇国史観に毒されたままだな

528 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:07:35 ID:BbKU3yJN0
俺のじいさん(明治生まれ)が「邪馬台国は九州じゃ」と言ってきかないのだが。
じいさん曰く、

・奈良の三輪山は、高千穂(宮崎県)と大分に跨る祖母山or傾山が元になっとるんじゃ!

・卑弥呼の宗女の「トヨ」は、「豊の国」(大分)に繋がるんじゃ!

→卑弥呼が居たところは今の宇佐神宮じゃ!だから皇室とも縁が深いんじゃ。
じゃなきゃわざわざ和気清麻呂が宇佐クンダリまで神託を求めに来る訳がない!

・奈良の吉野は元来吉野ヶ里が元になっとるんじゃ!

ボケてくれるよりこれ位電波を飛ばしてくれる方が有難い。
ボケないで長生きしてくれじいさんよ!

529 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:07:43 ID:uWWI7IIC0
>>524
中部地方説、あるな。

今で言う若狭湾のクレーター跡を指して、福井県が沈没した跡だ!とかな

530 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:07:49 ID:5vB5p3HZ0
ぶっちゃけ、これ以上観光利権が増えるのも困るので
邪馬台国は九州でいいよ。

あっちは、大したもん何もないっしょ?

531 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:08:58 ID:by4Bpv2N0
>>525
考古学会自体が畿内説の京大派閥に牛耳られてて、誰も文句言えないというのは有名な話。

532 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:09:26 ID:dtUA4Bk60
>>507
逆だよ弥生人なんてとんでも学説出した東大が、引っ込みつかなくなって
九州説打ち出して、さらに墓穴掘った状態。

533 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:09:33 ID:W4g4HAVm0
吉野ヶ里が邪馬台国って?wwwwww
笑わすなボケwwww
一度でも吉野ヶ里に行ったことのある奴なら中学生でもわかるレベルだぞ。
明らかに東に向かって何かと敵対してる遺跡だろ。
ありゃくな国かその衛星都市だよ。


534 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:09:53 ID:UVmxsTaY0
九州でも佐賀はないな
近すぎる、もっと南だろう

535 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:10:00 ID:zQuMkekr0
外野としては
畿内か九州か、最後まで決着がつかないほうが
歴史ロマンに浸れる。
互いにソレらしいが決定的でない証拠を出しながら
もう少し、何世代か後まで残して置くことキボンヌ。

536 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:11:35 ID:5vB5p3HZ0
邪馬台国がどこかより、天皇の墓掘ってヤマト王権誕生の真実に迫った方がいい。

537 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:12:57 ID:uWWI7IIC0
>>532
弥生人がトンデモ?

538 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:13:16 ID:HP9uM6zT0
古来より中国から数多の職能集団が本朝に渡来した。
わけても餃子作りを得意とする一団が集住したのが、栃木県だと考えられている。

539 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:13:20 ID:0I8PsV/kO
>>536
技術の発達とお金に余裕ができないと
キトラ古墳の二の舞に…

540 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:13:38 ID:5vB5p3HZO
九条を考える会みたいに凝り固まってるな。
主催はプロ市民か?

541 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:14:39 ID:ocF3EGpd0
また、九州人か・・・すべては俺のもの
そのうち、さらに上手の半島人が名乗りをあげるようになるぞ

542 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:17:11 ID:cdFx8DIl0
>>540
プロ市民つーか、カルトだろ。

事実から目を逸らして自分等の都合のいい
真実だけを求めてる。

543 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:18:00 ID:ocF3EGpd0

おまえら、畿内でも九州でもないんだよ

大阪湾の形をよーくみてごらん
なにか斜め横から巨大な隕石が衝突したクレータにみえないかね?
そういうことなんだ、大阪湾だったのだよ


544 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:20:04 ID:5FDXZI2V0
普通に考えるとさ、今、大都市がある地域には大きな国家とか都市が過去にもあって当然なんだよな。
そのへんもふまえて今の考古学やら歴史ってのを見ると、ものすごく違和感がある。
なんか怪しいのですよ。

545 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:21:46 ID:W4g4HAVm0
>>544
当然じゃねーよwww
そんなのぜんぜんふまえなくてもいい


546 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:21:50 ID:ANG4ogrN0
当時は邪馬台国以外の国も日本列島に多数存在した
その一つが他の国家に対する牽制をかね魏に朝貢したに過ぎない
当時の邪馬台国が日本最強の証拠もないし寧ろ弱者だから朝貢したとも言える
そんな多数あった小国の一つがどこだろうと別にどーでもいいじゃん

547 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:23:09 ID:m75Un44I0
さて重要なネタを貼っとくか・・・
邪馬台国は大都会岡山
ttp://www.webtelevi.com/hirohata.htm

548 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:23:27 ID:oZiKNqsW0
ロマンシング佐賀やなぁ

549 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:24:02 ID:bsIsVWFv0
【マレーシア】麻生首相はメディアの攻撃の犠牲者となった[2/20]
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1237838615/

550 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:24:11 ID:xvwDBbm10
宇佐神宮周辺説が好きな漏れには朗報

551 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:24:12 ID:W4g4HAVm0
>>546
あ、なんだそこまでレベル落とさなきゃいけないのかよ・・・
つか、邪馬台国=日本と思ってるやついるの?


552 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:24:47 ID:UTakl1ef0
九州説だ畿内説だ以前にさ
先に結論ありきの研究会を立ち上げられても真相究明の邪魔になるだけだろ
半島人じゃ無いんだから、その手の似非歴史研究は自重しなさい。と

553 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:26:05 ID:EXdWVhMh0
論より証拠だろ。 jk

554 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:28:00 ID:eQKo/sOMO
喧嘩の元になりかねんな…
しかたないから、我が静岡が邪馬台国を引き受けましょう
これからは静岡に邪馬台国があったということで…

555 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:29:17 ID:6fRZWsrn0
>>551
学者の中にゃ、卑弥呼=アマテラスと考えてる人もいるくらいで…

556 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:29:30 ID:0I8PsV/kO
>>554
そして、静岡卑弥呼空港ができるわけでつね

557 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:29:37 ID:cdFx8DIl0
証拠が次々と出てくる畿内説に対して
妄想を垂れ流す事しか出来ない九州説。

558 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:29:56 ID:mIUW360/0
愛知県岡崎市説。
根拠は「ホテル 卑弥呼」があるから。

559 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:30:02 ID:ANG4ogrN0
>>551
って思ってるやつ多くない?って話
そもそも大和=日本でもない

560 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:31:48 ID:wPxouth10
>>544
実際、お江戸は徳川が引っ越す間でど田舎だったし、
名古屋も、徳川になってからの清洲越しまではど田舎だった。

これらは、歴史時代の明白な事実。


561 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:31:59 ID:ErkGpaXO0
おまえら、神武東征ばかりクローズアップするが

神武一家が九州南部に滞在したのは、神武さんの曽祖父のニニギ命からだ。

ニニギ命は、高天原→高千穂(九州南部)に降臨したんだよ。
で、ニニギ命の曾孫の神武さんが、日向(九州南部)→磐余(畿内)に東征した。
で、神武さんが畿内へやってきた時、すでに畿内には神武さんの親族が待ち構えていた。

ちなみに、高天原って、長い間、京都朝廷の見解では、葛城のこととされ、
日本最古の事典である延喜式では、そういう見解で書かれている。

つまり、神武さん一家は
徳川時代にたとえるのなら、紀州徳川家のような存在であり
和歌山の徳川吉宗が、江戸幕府に征夷大将軍として迎えられる状態。
それが、神武東征。


562 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:33:12 ID:zQuMkekr0
>>557
 マスゴミ洗脳に慣れたチョッパリに
 証拠と妄想の差を気付かせるのは国益喪失発言ニダ。
 明日からロンパールーム置き人形ニダ。

563 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:33:51 ID:OcxJ4D6T0
司馬遼太郎は何と言ってるんだ。
俺は司馬遼太郎に従う。
ワンワン。

564 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:34:43 ID:xS/0Kgz+0
卑弥呼=ヤマトトトヒモモソ媛命(孝霊天皇皇女、崇神天皇の父方の大叔母)
トヨ=豊鍬入姫命(崇神天皇皇女)

倭国大乱時期(孝昭天皇〜孝元天皇の4代の天皇の時期)

古代の日本では、祭祀王と世俗王に別れていた。
身分的には、祭祀王>世俗王 だったが、実権は、世俗王が握っていた。

神武天皇〜開化天皇までは、世俗王だが、祭祀王ではなく
祭祀王の座には、熱田社の尾張氏の先祖が握っていた。
それが、神武皇統が孝昭天皇の時に、彼の妻が尾張氏の先祖の一族の娘であり
その間に生まれた子供に祭祀王の座も継がせようとした。
そこで、倭国大乱が発生し、ヤマトトトヒモモソ媛命に祭祀王の座を継がせて、乱を集結させた。

ヤマトトトヒモモソ媛命の死後は、豊鍬入姫命が祭祀王が継いだが
最終的には、世俗王だった崇神天皇が祭祀王の両方を兼ねることになった。


565 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:35:35 ID:dgdxBoA90
誰がどう考えても今の証拠状況からじゃ畿内だろ
もはや九州説なんて珍説の類だよ

566 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:35:47 ID:W4g4HAVm0
>>559
卑弥呼って戦国時代に例えるなら
群雄割拠してたときの一大名なんだよな。
後に信長になったわけでも家康になったわけでもない。
たまたま中国の記録に名前が残ってただけのこと。

567 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:35:48 ID:0I8PsV/kO
というか卑弥呼自体一土豪にすぎんだろ
大和=邪馬台国ってアホかと

568 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:38:39 ID:as5cQbJh0
邪馬台国は倭ですぅ

569 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:39:43 ID:xS/0Kgz+0
2ちゃんで、邪馬台国九州説が根強い理由は
戦前の日本では、邪馬台国九州説を押していたからだ。
なぜ、そうなったかというと、
江戸時代の本居宣長が邪馬台国九州説を押していたから。
なぜ、本居宣長それを唱えたのかというと
国学思想の観点から、天皇家の人物が中国の朝貢するなど許せなかったから。

でも、本居宣長がそれを押したせいで
日本の創世記の歴史をなくしてしまい
やがて、三王朝交代説だとか、騎馬民族征服説が誕生したのは
なんとも皮肉だw


570 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:40:19 ID:qnpVw7Ex0
吉野ケ里遺跡(神埼市郡)が邪馬台国であったことを歴史、考古学的に究明する「邪馬台国を考える会」


なにこれ?
最初っから結論決まってるのに論議する必要あるの???


571 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:40:42 ID:w8cj8cUnO
>>416
さきたまも確かに大きいけど、宮崎県の西都原のほうが凄いわ。
両方行ったけどな。
両方とも、周辺人口が多かったのは、確実。
弥生時代人口は、南九州は、北九州より畿内より多かったというし、九州説の最後の砦は、日向しかないだろ。

572 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:41:28 ID:fZWi8l7IO
じゃあこう考えてみてはどうかな・・・

卑弥呼=天岩戸に隠れる前のアマテラス
台与=天岩戸から出てきた後のアマテラス

573 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:43:06 ID:W4g4HAVm0
>>563
司馬遼太郎は邪馬台国の○○説なんかまったく興味なかったみたいだね。
何も触れていない。
ただ、製鉄の輸入に際して少し言ってたから
司馬としては中国か九州と思ってるんじゃないかな?


574 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:44:01 ID:xMJ/qW87O
どっちでもいいわ

575 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:45:46 ID:4p5sRyXjO
>>559
史学にイデオロギーを持ち込む人にはそれが理解できないみたい。

576 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:45:57 ID:xS/0Kgz+0
卑弥呼が共立される切欠になった倭国大乱とは、
14世紀の南北朝時代に似ている。

14世紀の南北朝時代は、持明院統と大覚寺統という兄弟の家系が対立し
最終的には、持明院統のほうで統一が決まった。

一方、2世紀の倭国大乱は
葛城系(火明命後胤)と大和系(ニニギ命後胤)という兄弟の家系で対立し
最終的には、大和系のヤマトトトヒモモソ媛命によって統一した。

そういうことだ。

577 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:46:14 ID:yrHyaAEF0
やっぱ熊襲が熊本で
隼人が鹿児島だったんだな

578 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:46:25 ID:ANG4ogrN0
卑弥呼=アマテラスは無い
ただアマテラス神話自体は記紀以前の様々な(当時の)国の神話、
国王(酋長)の逸話の集合体だから
その中に卑弥呼に対する逸話が入ってた可能性はある

579 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:46:58 ID:HaAUmb3Z0
日向の児湯郡と倭人伝の呼邑国の類似性には興味があります

580 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:48:15 ID:xS/0Kgz+0
>>571
古代の人口は実際は分からない。
農耕の始まりだって、ここ最近、急速に定説が覆っている。
そのおかげで、人口推測も大きく変わってくる。

581 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:51:12 ID:1+xHQSTf0
アルキメデスが地球儀を持っていた時代に
日本人は文字すら持ってなかったんだね。


582 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:52:18 ID:W4g4HAVm0
>>578
ねーよw
神話が作られたのは7世紀だぞ。
卑弥呼は3世紀の人間で存在が明らかなのは三国志の魏志による。


583 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:53:06 ID:Gqj2BNwI0
三国志の東夷伝に載ってる風俗が南国風だから九州!って話を聞いたことがあるけど
魏使節が九州までしか行ってないだけじゃないの?
後世、北九州には鴻臚館が出来るし、当時から外交官の出迎えを九州でやってただけで。

584 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:54:39 ID:Bm51Ra9aO
実は邪馬台国なんて存在しなかった

が正解

585 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:55:04 ID:xS/0Kgz+0
普通に考えたら、首都がわざわざ九州南部から
短期間で近畿に移動させる意味が分からない。

日本列島の地政学から考えて
近畿・濃尾平野の勢力を中心に日本が国家統一するのが方程式。
そして、近畿・濃尾平野の勢力にとって
事実上の最終決戦が、中国地方の勢力との決戦。
戦国時代も、豊臣が毛利を屈服させた時点で、豊臣の天下は決定的になった。

古代は、葛城(高天)が出雲を併合した時点で、葛城(高天)の天下が決定。
その後、全国統治のために、地方に司令官を派遣する。
その中で、九州高千穂に派遣されたのが、王家の一族だったニニギ命(神武の曽祖父)


586 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:56:15 ID:W4g4HAVm0
>>585
だから首都でもなんでないって


587 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:58:00 ID:BbKU3yJN0
>>581

そうですね。
独自の文字を持っていなかったというのが悔しかったのか、国学者平田篤胤は
「古代の日本には神代文字が存在したのだ」と電波を飛ばした。気持は重々理解できますが。

588 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 19:58:52 ID:JkeKuufY0
>>573
大学の歴史の先生もいってたな
どっちにあろうがどうでもいいと
まあ畿内で決まってるのになんでいまだに論争があるかのようにあおるんだって感じだったが

589 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:00:05 ID:ANG4ogrN0
>>582
神話「作られたのが」7世紀ってのは間違いだろ
「書かれて編集されたのが」7世紀ってだけ
所謂神話になった元の材料はそれ以前に多数散らばって存在してたはず
3世紀の逸話が7世紀にもちろん正確では無いにしても
口伝で何かしら伝わっててもそこに不思議はないだろ

590 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:00:31 ID:jxjf07qj0
ここデンパユンユンだなw

591 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:01:37 ID:nmRY4FIZ0
邪馬台国は、みなさんの心の中にあります

592 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:02:33 ID:Gqj2BNwI0
>>581
日本の一部は紀元前から大陸との付き合いがあったらしいから
外交文書としての漢文を読み書きできる人はいたかもね。
もはや空想でしかないけど。

593 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:02:49 ID:Rzb4Fg3A0
近畿の大和朝廷は、イスラエル人が造った国なのだから、倭国とは関係ない。

九州説は論外だから無視して、
いま一番有力なのは、場所から言っても徳島説だろうな。

594 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:03:38 ID:xS/0Kgz+0
>>587
独自の文字は無かっただろうが、
紀元前から中国の王朝と外交していたわけだから
当時の畿内王朝の者の中に漢字が理解できる人間はいただろうな。
実際に、日本では、紀元前から、漢字が書かれた遺物が多く発掘さされる。

ただ、古代日本では、言霊文化といって、
言葉に魂がやどるとされ、それを文字で表すをことを嫌った。
また、一般庶民に文字が伝わると、それを使って
権力者批判が起こるのを恐れていたと思われ。
言葉を発するのは権力者の特権で
だから、古代の豪族には、●●のミコト(御言)という
身分の名称がついている。

595 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:05:32 ID:0I8PsV/kO
>>591
結論でたな

596 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:06:07 ID:OcxJ4D6T0
かえすがえすも残念なことだが、白亜紀に人類がほぼ絶滅した時に多くの記録が失われてしまった。

597 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:06:19 ID:A5DwZx7G0
それにしても、
おまえら、
なぜ、ヤマトトトヒモモソ媛命の話をしないんだ?
名前が長たらしいからか?

今、発掘されている纏向遺跡が邪馬台国なら
卑弥呼=ヤマトトトヒモモソ媛命で確定なんだぞ。

598 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:07:03 ID:W4g4HAVm0
>>589
そうだとしても9割方はその時代に「作られた」と思うな。
思うとか、はずとかしか書けないのが悔しいけど。
命=ミコトとか、天皇家の活躍とか、かなり成熟したストーリーだと思うよ。
史記には遠く及ばないけど。


599 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:09:17 ID:w8cj8cUnO
いや
紀元前の漢字の出土物なんて無い。
5世紀までは、ほとんど無い。
文字文化なめすぎ。

600 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:11:54 ID:JkeKuufY0
>>589
記紀をみなよ
卑弥呼のことは口伝でも伝わってなかったわけだが

601 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:12:36 ID:W4g4HAVm0
>>592
文字はあったさ。
外交としてもそうだけど、農耕民族だよ。
米って年に1回しか取れないから貯蔵しなきゃならん。
食ってしまうわけにはいかないから計算と記録が必要になる。
文字も算数もあったよ。


602 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:13:00 ID:DLB4lRKE0
インターネットの噂では、自民党政権の時は畿内説が、民主党政権の時は北九州説が有力になるそうです。

603 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:13:19 ID:it6MlTQM0
>>596
ゲッター線のせいですね、わかります。

604 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:13:19 ID:A5DwZx7G0
>>599
一応、あるがな。
西暦57年の金印とか、
鏡や鉄拳に書かれた中国の元号とか。
一応、理解していたでしょう?

三角縁神獣鏡なんて、あれはいちおう、
日本で作られた鏡だといわれ、あそこに、中国では存在しなかった
景初四年という年号が書かれている。
実際は、景初三年までしかなかったのだが、
日本で鏡を作った人が、今は景初四年になったと推測して作っているわけで。
当然、漢字を知っていた人もいたでしょう、一応。

605 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:15:18 ID:oafhRKmM0
>>602
そんなの関係ないw
自民党の時に、吉野ヶ里遺跡の発掘でw
邪馬台国九州説が盛り上がったわけだからw
しかも、自民党の九州の先生も、邪馬台国九州説にご熱心。

606 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:15:55 ID:ANG4ogrN0
>>598
うーん、アマテラス神話の記紀製作時に創作された割合は難しいねー
明らかに製作時の情勢を鑑みて製作された部分も多いしねー
ただ個人的にはアマテラス神話は3等分に分かれてて
誕生-天岩戸-天孫降臨に分かれててその内の前二つは
製作以前に伝えられてた逸話等が元じゃないかなと思ってる

607 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:16:44 ID:42IFkFyT0
やい

608 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:17:03 ID:6elC2Boa0
>>599
刻書土器の一番古いのが2世紀くらいだろ
最低でも、その頃には日本には文字文化はあったはず

王莽の貨泉とか後漢の金印からすると、1世紀には中国との交流はあったはずだから、
きっともっと古い時代から文字は伝わってたんだろ

609 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:17:12 ID:AwChJRbn0
結論ありきかよw
そんなんでマトモな議論できるのか

610 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:18:55 ID:w8cj8cUnO
>>598
古事記は各地伝承を参考に書かれたんだよ。
あまり成立年代が変わらん出雲風土記には、古事記とは異なる伝承が書かれている。

611 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:19:28 ID:Rzb4Fg3A0
まともな議論をしたいのなら、
ヘブライ語、ギリシャ神話なども含めて考えないと、答えは出ないぞ。

612 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:20:29 ID:fO7CExZb0
東北の蝦夷、三内丸山遺跡、坂上田村麻呂、征夷大将軍
縄文文化 

613 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:20:41 ID:it6MlTQM0
つうかさあ・・・

ツクシには吉野ヶ里より有望な遺跡ってないのかよw

九州説論者は
 
 「九州には有望な遺跡は五万とある」

ってよく言うんだがwwww

614 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:20:44 ID:Q2yhanAv0
>>609
それは近畿説の諸氏に言って欲しいね。
荒唐無稽な説を起てるので読むのが馬鹿馬鹿しくて適わんわ。

615 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:20:52 ID:oafhRKmM0
>>606
日本神話は三段階に分かれるけど
天忍穂耳命(アマテラスとスサノオの誓約の最初の子)から本当のことだったんじゃないの?
それ以前は、誓約によっての関係だから...
実際の親子関係ではない。
つーか、あくまでも神話の話。
しかし、天忍穂耳命からは本当。

616 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:21:04 ID:W4g4HAVm0
>>606
記紀は西日本全域に渡る大河ドラマだろ?
口伝は地域の言い伝えなわけだが、
それを集約して脚本化するなんてインフラはなかったよ。


617 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:22:11 ID:4jW7iSQB0
>>598
書記はともかく古事記は、天皇家成立に至る事件を軸に、有力氏族たちに伝わる
伝承や逸話を絡めて一本の物語に再構成した物だぞ。
古事記に登場する人物神は架空の存在ではなく、それぞれの氏族のご先祖様。

618 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:22:42 ID:W4g4HAVm0
>>613
有望の定義は?
筑紫平野の遺跡なんて五万どころじゃないよ。

619 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:23:15 ID:ANG4ogrN0
>>600
だから卑弥呼=アマテラスとは思ってないって
卑弥呼(卑弥呼という階級なのかもしれない)と
魏志倭人伝に伝えられてる女性の逸話がアマテラス神話の中に
一部として組み込まれてるかもしれないってだけ

620 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:24:18 ID:W4g4HAVm0
>>617
あ、少し俺を納得させてくれたw
ていうか俺の言ったことに近づいてるw


621 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:24:18 ID:HaAUmb3Z0
当時船着場で女王への貢物の品名と数量が合っているかチェックして
いたと倭人伝に書かれているので文字と算数はあったのではないでしょうか

622 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:24:51 ID:tLqOxmNY0
そんなことより>1よ。
南朝の残党が紀伊半島南部で今でもがんばってることのほうが問題だよ。

623 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:26:41 ID:oafhRKmM0
どうでもよいけど、>>1に出ている人たちは
なぜ、こうも必死なんだ?
まるで、宗教じゃんかw

624 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:26:46 ID:PM14UOoGO
日向高千穂の宮崎とか橿原飛鳥の奈良はいろいろあるが
佐 賀 は な に も な い か ら 笑


625 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:27:51 ID:6elC2Boa0
これから九州地方の風土記が発掘されたりする可能性はゼロなのか?
帝記旧辞辺りでもでも構わん

遺跡じゃロマンがわかねーよ。文字資料をくれ

626 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:28:15 ID:it6MlTQM0
>>618

先ず時代が合致する。

規模がそこそこに大きい。

無論できれば「径百歩」とみなせる円墳があったり
「宮室・楼観・城柵」があったりすれば尚良しw

まあ纏向なんか軽く吹き飛ぶヤツ2〜3だしてもらえんかね?www

627 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:29:07 ID:vZmm+mL/0
ここを読んで思ったが、
今やアマチュアレベルでもすっかり畿内説が有力になったなw
いやあ、感慨無量だよ。
年輪年代学が実用化される90年はじめまでは、アマチュアでは九州説一色だったんだぜ。
まことに学問は進歩するとともに、
文献による「こう読めば邪馬台国は九州だ」「記紀神話をこう解釈すれば九州だ」
という謎解きがつくづくむなしいことが今更ながらよくわかる。

628 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:29:16 ID:oafhRKmM0
考古学者の先生は、
邪馬台国時代に漢字を知っている人はいただろうと考えているらしいね。
公には漢字は普及していないが
中国とは紀元前から外交していたわけだから
漢字のことを知っていた人はいたのだろうという話らしい。

629 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:30:17 ID:sex6DkbiO
当時の平均気温は現在よりニ、三度温暖だったらしい
畿内もそういう風俗だったかもしれん

630 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:32:13 ID:oafhRKmM0
まあ、いzれにせよ、纏向遺跡は
その規模が、後の藤原京に匹敵する大きさナわけで。
吉野ヶ里なんかの比較の対象じゃない。

纏向遺跡の大きさは、
同時期の中国三国時代の魏の洛陽に匹敵する大きさナわけだから。


631 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:32:41 ID:T+/sn0db0
邪馬台国はどう考えても「やまとこく」なのに
この時代から国があったことを認めたくない
マルクス主義の学者が無理やり「やまたいこく」にしたんだよな

632 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:35:59 ID:oafhRKmM0
>>631 :名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:32:41 ID:T+/sn0db0
>邪馬台国はどう考えても「やまとこく」なのに
>この時代から国があったことを認めたくない
>マルクス主義の学者が無理やり「やまたいこく」にしたんだよな

いやいや、マルクス主義者もそうだが
いわゆる本居宣長の国学思想の影響を受けた右翼さんたちも
邪馬台国とヤマト国は別物だ!って叫んでいたんだよw

右翼と左翼は極端にぶれると一回転して出くわすというが、
まったく、邪馬台国論争も同じだねw

633 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:36:49 ID:JkeKuufY0
>>614
九州説はまず倭人伝の女王国までの距離問題解決してから出直して来い

634 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:39:12 ID:Xg+lye9G0

吉野ヶ里の発掘を手がけた偉い考古学者の先生は京大出で奈良の研究所の元所長、当然畿内説である。
最初から吉野ヶ里なんて、有力なクニの一つだろとしか考えていない。
考古学会は関西人の意のまま、古代日本の中心は近畿なのだ。
のほーほーんとした九州人には歴史の価値は掴めないだろうし、新しい遺跡が発掘される事ももうないだろう。
奈良の人たちは、纏向に新宮殿が発掘されるを、手ぐすね引いて、待ち構えているに違いない。
邪馬台国なら、もうかりまっせー。

635 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:39:28 ID:AEpMBszf0
邪馬台国もいいけれど、そろそろとドナウ川文明の話をしようぜ。

636 名前:◆HKZsYRUkck :2009/03/25(水) 20:40:31 ID:zVzXEhEV0
>>633
んなこと言ったら、当時の大都会のイヅモもキビも出てこない倭人伝ってどうなのよ。
ふつう寄るべさ。

637 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:41:27 ID:w8cj8cUnO
>>627
今となっては、キチガイのタワゴトの騎馬民族征服王朝東遷トンデモ説が、
2003年の弥生時代と古墳時代の繰り上がりで、完全に駆逐されたからな。
あと残っているのは、マキムクと時代の近い宮崎だけよ。

638 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:42:02 ID:oafhRKmM0
>>634
商売にしてきたのは九州説のほうだろうがw
小説やマンガでも、邪馬台国九州説が殆ど。
でも、学者さんほど畿内説で決まり。

639 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:43:16 ID:zpeAIHL20
>>636
そこよ。 出雲と吉備が魏志倭人伝に、女王30ヶ国連合として列挙されていると見るか、列挙されていないと見るか。

640 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:46:12 ID:JkeKuufY0
>>638
井上光貞が中公日本の歴史ではっきりと九州説で書いたのも影響はあっただろうな
今は文献学者も畿内説になったけど

641 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:46:29 ID:oafhRKmM0
>>637
宮崎が、ヤマト王朝から特別視されていたのは事実だと思うよ。
だから、ニニギ命〜若御毛沼命(神武天皇)の間
高千穂に赴任していたのは事実だと思う。
だからこそ、先祖の赴任した土地だから
ヤマト王朝は、宮崎を大事にしたんでしょう?

でも、そもそも、ヤマト王朝は、葛城(高天原)王朝の分派。
ニニギ命の親父の天忍穂耳命は、葛城(高天原)の豪族の出。
皇室の祖先は、畿内で誕生して、全国を統治したのには変わりがない。

642 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:48:11 ID:sdOpXsWP0
アメリカがヨーロッパの食いっぱぐれの集まりであるように
日本はアジアの食いっぱぐれの集まり
九州からだんだん東へ進んで行った
アメリカの西部劇のように
でも天皇家のルーツが今の中国、韓国とは口が裂けても言えない
から神話を作った だからいきなり神様が降って沸いてくる
神の国 日本



643 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:49:26 ID:PM14UOoGO
>>638
盲目老夫婦の邪馬台国の映画も九州だったよな
朝日新聞あたりだよ、九州説を頑なに盛り上げようとしているのは。
映画は爆死して捏造洗脳出来なかったがw


644 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:50:36 ID:E+09MFSR0
>>1
結論が先にあるのに何を究明するって言うんだ?死ねばいいのに

645 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:51:14 ID:oafhRKmM0
>>639
投馬国は、当時の中古音だとヅマ国って読むんだわな。
魏志倭人伝の航路などかんがみて、
投馬国=出雲国だと思う。
それも、後の出雲国の範囲だけではなくて
石見とか因幡とかも、出雲国(投馬国)の版図だったと思う。
吉備国も、似たような名前あったと思う。
実際に、纏向遺跡には、吉備系の出土品が多いし
ヤマトトトヒモモソ媛命(卑弥呼)の同母弟に
吉備津彦(吉備の知事)になったものがいる。

646 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:51:33 ID:hibn5bxI0
>>642
西へ向かう意識と東へ向かう意識って正反対だから
一概に一緒に出来ないと思うよ

647 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:52:47 ID:su/bGm9X0
おまいら安彦先生のナムジを読んでからモノを言えとあれほど。。。

648 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:53:20 ID:PM14UOoGO
あれ、朝日新聞は畿内説だな何か間違った


649 名前:◆HKZsYRUkck :2009/03/25(水) 20:53:25 ID:VngfI41n0
>>639
継体のころの交通路だと、大陸(というか朝鮮半島)から畿内に行くのは
九州北部か山陰→海岸伝いに丹後か北陸→陸路なんだよな。
これなら出雲を通る。
神功皇后ルートは瀬戸内で、こっちは吉備を通る。
どっちかは通ってるはずなんだけど、それらしい国名はないんだよね。

「ヤマトとヤマタイは似てるから繋がってるはず」を根拠にしている人が、
一方では似ても似つかない発音の国を比定しちゃいかんだろと。

650 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:53:37 ID:oafhRKmM0
>>642
弥生時代のはじまりが遅くとも紀元前10世紀となった今
天皇家のルーツは外国という説は完全に下火だわな。
高天原=葛城であり、天皇家の起源は、この土地。

651 名前:名無しさん@九周年:2009/03/25(水) 20:58:00 ID:PM14UOoGO
今上天皇の半島由来発言についてくわしく。



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